三鷹市長 安田養次郎様 平成14年1月17日
拝啓
時下ますますご清祥のこととお喜びもうしあげます。
はじめて、また直接お手紙をさしあげる非礼をお許しください。
三鷹市在住の重度の知的障害と自閉症のある8才になる息子をもつ私ども夫婦が、重度の障害をもつ子どもとともに生きてきて、身に沁みて感じたことがあります。それは、本当のバリアフリーとは施設設備だけのものではなく市民の理解と共感とまちづくりの中にこそ存在する、ということです。
ところで、今日は、1月17日防災の日、阪神大震災があった日です。この日にかかわる「災害弱者の防災」のことで、ぜひとも市長のご見識を伺いたいことがありましてお手紙差し上げました。
今度の三鷹市の第3次基本計画第二次素案には、「災害弱者の防災」という項目が明記されております。3年前に三鷹市に転居してきた我々一家にとって、この言葉が三鷹市では既に市民権を得ていたことに大変感激した記憶があります。また、住民協議会・三鷹市共催の防災訓練においては、「災害弱者の防災」と銘打った訓練が行われ、障害のある市民の出席が強く要請されました。これ自体は素晴らしいことと思います。
しかしながら、災害弱者の避難補助訓練や避難誘導訓練等があるものと思い、障害ある子どもを連れて防災訓練に参加した我々を待ち受けていたのは、「障害者もバケツリレーに参加しなさい」の言葉と三角巾の結び方の訓練でした。びっくりして住協の会長に趣旨を問うと「災害弱者の防災とは、弱者が自助で災害から脱出するという意味である」という趣旨のことを仰いました。基本計画の理念と一般の理解との間のあまりの落差に対し、驚いた私は、後述のように住協に災害弱者の防災についての提案をいたしましたが、全く顧みられず、コミュニティ文化課に相談しても「住民自治には介入できない」とのことでとりあっていただけませんでした。
このように「災害弱者の防災」を重視するには、もちろん訳があります。ご存知かと思いますが、私たちの子どものような知的障害児・者にとって最も懸念される問題は大規模災害です。コミュニケーションに大きな障害のある我が息子のような重度の知的障害児・者が、日中ひとりで、あるいは家族の留守中に大規模災害にあったとき、どうなってしまうのかお考えになったことはありますでしょうか。身体能力自体はあっても、避難経路もわからず、誘導の声も理解できず、逆に周囲の状況に怯えパニックになる可能性も多い彼らには、適切なサポートがなければ危機回避能力は皆無といってよいでしょう。しかも、警察・消防等にも周囲の市民にも、彼らが障害をもち援助が必要なことは外見からは解りにくいので、とっさの援助も期待できません。事前のニーズ把握と緊急時の対策システムが必要なのです。同様な援助は、痴呆症のかた・精神障害のかた等他の障害をお持ちのかたにも切実なことと思います。
その解決策は、正直言ってそれほどの難問とは思えませんし、費用もかかりません。支援を必要とする当事者をあらかじめ特定し、本人からの救助依頼がなくとも速やかに本人の位置を特定でき、多少のタイムラグがあっても、しかるべき避難場所(障害に対する対応のあるところが望ましい)に誘導するしくみ作りがあればいいのです。現にかつて住んでいた武蔵野市の地域社協ではそういう取り組みが市民レベルでも実践されています。
幸い、三鷹市の知的障害児には位置検索機器の貸与があります。(この制度も私たちが実験を踏まえて制度提案を三鷹市と武蔵野市に行い、制度化していただいたものです。)この対象を拡大し、消防署の予防課等と連携して、この機器を使った災害時の速やかな誘導が行っていただければ、と思います。対象者の把握についてプライバシーの問題等があれば、民生委員の方々に個別調査していただき、必要なかたのみ登録し、同意書をいただくということも可能だと思います。既存の資源のネットワーク化だけで迅速かつ大きな成果が得られると考えられます。
しかし、各方面に図ったところの反応は概ね下記のとおりで大変残念なものでした。
・住民協議会 そういうことは住民協議会の検討対象ではない。(行政の仕事)
・消防署 対応に関心あるが、プライバシーもあり、市側から声をあげてくれなければ対応できない。
・社協 ほのぼのネットは、災害時のニーズには対応できない。
・地域福祉課 理解はできるが、縦割制度のなかで当課の管轄ではない。
・防災課 担当課の認識あり、ニーズについて理解はできた。しかし、「災害弱者の防災」については、検討時期のめどもたっていないし、検討することの約束すらできない。
「知恵遅れの子どもの面倒なんて親がみればいいんだ」(住民協議会運営委員)という罵声を浴びせられたりしながら、懸命に歩き、たらいまわしにされたあげくの担当の防災課には、「検討の時期すら約束できない」と言われてしまいました。それならば、地域計画のなかで正式具体的にプラン作りに尽力したいということで、今期よりの地域福祉計画策定委員会に参加させていただくべく、趣旨と資料を添えて委員への団体推薦の検討をお願いしたところ「委員というのはあくまで市側の判断で実績があると認める団体より選ぶものであって、団体側からの自己推薦なんて検討すらできるものではないし、その具体的な資格基準を示す必要もない」(地域福祉課地域計画担当)との「協働・対等」とは相容れないような対応でした。
しかし、こういった非難めいたことを書き連ねるのが本意ではありません。経緯をご理解いただく一助と思うのみです。災害時は日常生活とは大きく違います。また、災害時の対応のしくみ作りには部署や立場をまたがった検討と施策が必要で、しかもその多くは「公」の分野に属するものであり、それなのに現実の「協働」の壁は厚いことを身をもって体験いたしました。
これから生きてゆくコミュニティとして三鷹市を選んで転居してきた私たち一家ですが、その大きな要素として、市民プラン21の存在と住民・行政の協働のコミュニティづくりが実践されていることへの大きな信頼がありました。しかし、市民プラン21が正式な地域計画に反映されても、その実行がなければ、また、その実行における市民行政協働が行われなければ、「協働」や「市民参加」は絵に描いた餅となってしまうのではないでしょうか?市長はいかがお考えでしょうか?
三鷹市と市政のますますのご発展をご祈念申し上げております。
敬具