障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨
青木 千帆子(あおき ちほこ) 立命館大学
■報告題目
ヨーロッパにおける書籍へのアクセシビリティをめぐる現状と課題
■報告キーワード
支援技術、アクセシビリティ、著作権
■報告要旨
1. 研究目的
本調査の目的は次に述べる2点である。一つは、国際機関における書籍アクセシビリティをめぐる議論の現状を紹介すること。もう一つは、本報告においてはドイツ、菊池氏による報告「フランスにおける障害者向け電子図書サービス」においてはフランスにおいて、書籍へのアクセスがどのように保障されているのかという点を明らかにすることである。
2. 研究の背景
報告者がこれまでに実施した書籍のアクセシビリティをめぐる調査からは、@電子書籍の著作権問題を視覚障害者、上肢等に不自由のある人、読字障害の人(以後、読書障害者)の読書の問題と関連づける議論は希少であり、A個別の技術はすでに活用可能な水準に到達しているにもかかわらず、その組み合わせが不適切な状況が発生している。また、B出版社・福祉団体・図書館・教育機関が相互に議論し、情報を共有する仕組みが存在していないことが明らかになった(★1)。
このような障害者の読書の問題は、各国において解決へ向けた取り組みがなされているだけでなく、国連やWIPO、EUといった国際的な政策機関においても共通の課題として論じられている。しかし、電子書籍の普及にともない市場が拡大しつつある状況において、日本における議論は著作権者による権利意識の方が前面に出ている。出版関係者により国内市場の保護が訴えられ、著者らにより自炊代行業者が訴えを起こされたりしている(★2)。国内における電子書籍をめぐる話題において読書障害者の存在を見出すのは困難だ。
一方、米国の電子書籍市場においては、全米盲人連合による精力的な活動(★3)や、リハビリテーション法、障害者差別禁止法といた法律の存在もあり、アクセシビリティの高い電子機器や電子書籍が提供されている。そして、米国の電子書籍および電子機器販売業者のシェアが世界中に拡大する中で、アクセシビリティの高い商品が世界的な支持を受けつつある(★4)。
「支援技術の展覧会が開催されるたびに、今度はどんな新しい技術が出てくるのかと楽しみにしていた。しかし気づいてみれば、私たちに必要な技術は支援技術の世界に現れず、一般向け製品の世界に現れた。(2012年8月15日のフィールドノートより)」――これは、報告者が昨年ドイツで実施した調査において語られた言葉である。米国以外に居住する多くの人々が、米国の企業が発売する機器や電子書籍を購入するようになった。このことは、アクセシビリティの高さが、障害の有無にかかわらず利用者にとっての利便性の高さを示す可能性を示唆している。そして、技術の進歩は、市場と福祉の議論を急激に接近させている。
そこで本報告では、市場と福祉の接点において論じられている書籍のアクセシビリティをめぐる議論に注目し、WIPOおよび欧州アクセシビリティ法に関する議論や動向を紹介する。また、昨年度本学会で報告したドイツにおける調査(★5)の補足調査を実施し、ドイツにおける書籍アクセシビリティの進捗状況を報告する。そして、これらの作業を通し、市場と福祉、あるいは著作権と障害者の読書する権利といった要素の間にある課題について考察したい。
3. 方法
(ア) 国際機関における書籍へのアクセシビリティをめぐる議論の現状
ここでは、WIPOおよびEUにおける議論を取り上げる。WIPOに関しては、主にStanding Committee on Copyright and Related Rights(通称SCCR)における視覚障害者等の利用のための著作権制限に関する議論を収集し、整理する。EUに関しては、2013年夏に公表される予定の欧州アクセシビリティ法(European Accessibility Act)に関する議論を収集し、整理する。
(イ) ドイツにおける書籍アクセシビリティの現状
2012年度に実施したドイツでの調査からは、ドルトムンド工科大学を中心に高等教育機関同士の書籍データの相互利用体制が構築されていることが明らかになった(★6)。今回はこの相互利用体制の実態について調査を行う。また、関連する資料を収集し、分析する。
4. 結果
結果及び考察は当日会場にて報告する。
5.注
★1 山口翔・植村要・青木千帆子2012 「視覚障害者向け音声読み上げ機能の評価――電子書籍の普及を見据えて」『情報通信学会誌』30(2):85-98./山口翔・青木千帆子・植村要・松原洋子 2012 「電子書籍アクセシビリティに関する出版社アンケート」『国際公共経済研究』23: 244-255.
★2 「書籍スキャン事業者への提訴のご報告」(2012年11月27日 違法スキャン対策出版社連絡会)http://www.shueisha.co.jp/info/release121127.pdf
★3 “Make Kindle E-books Accessible” (2013年5月 National Federation of Blind) https://nfb.org/kindle-books
★4 「OnDeck電子書籍ストア利用率調査 アップルiBookstoreが初登場で2位 2人に1人はKindleストアを利用 「電子書籍ストア利用動向調査 OnDeck 2013年4月調査版」6月7日発行」(2013年6月10日 インプレスR&D)http://www.impressrd.jp/news/130610/NP、”Amazon Kindle Fire takes 54% of the Android Market” (2012年4月26日 Good E-Reader)http://goodereader.com/blog/electronic-readers/amazon-kindle-fire-takes-54-of-the-android-market
★5 青木千帆子 2012「ドイツにおける電子書籍のアクセシビリティをめぐる現状と課題」 障害学会第9回大会 http://www2.kobe-u.ac.jp/~zda/jsds/details/aoki-detail.txt
★6 Sehkon http://www.ub.uni-dortmund.de/sehkon/index.html
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