障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

橋本 眞奈美(はしもと  まなみ)  九州看護福祉大学社会福祉学科

■報告題目 

「社会モデル」の介助とエンパワメントの実現 

■報告キーワード

応答、影響力、関係性

■報告要旨

1、目的
この研究報告は「社会モデル」に拠る介助関係の構造及びそこで求められる専門性を明らかにすることである。さらに「社会モデル」に拠る介助に求められる、障害者のエンパワメント実現へ向けた関係性について考察するものである。

2、背景
 地域で生活する重度障害者と介助者の関係について論じている先行研究は多い。しかし「社会モデル」に拠る介助関係の構造について明確に論じたものではないと考える。
近々の介護現場では「どのようなサービスを、どのように利用して、どのような生活をしていくかは利用者の意思によって決められなければなりません(蛯江,2011a,17)。」といった言説にみられるように、利用者の主体性確保が求められている。しかし同時に、出来ることを増やしてく援助を奨励している(蛯江,2011b,9)。健常な状態に価値を置く福祉観に立脚した上で主体性の確保を求める介護が主流であるからこそ、「社会モデル」に拠る介助関係の構造を明らかにすることが必要であると考える。

3、「社会モデル」の介助
 「医学モデル」を内面に取り込んでいた人が「社会モデル」を理解し、「社会モデル」の障害観に変わっていくということは、障害者に対する見方が変わるということである。それは障害者に様々な困難をもたらすディスアビリティについて理解した上で、障害者を差別する価値観を無意識のうちに自分も取り込んでいることに気づくことで障害者差別をしないと意識することである。さらにディスアビリティの問題は健常者と呼ばれている者にも関わっている問題なのだと気づくことである。
「社会モデル」に拠る障害観をもつ人がヘルパーとして障害者と関わるときの介助は、障害者のために障害者ができない事を行う介護ではなく、障害者とともに障害者が抱え込まされている生きづらさに対応するという、ディスアビリティの軽減に向けた介助である。そしてヘルパーに求められるのは、障害者の意思を理解すること、障害者の意思を引き出すことである。さらに利用者主体の確保と非管理とでも呼ぶ専門性である。そこでは介助行為とともに、障害者がヘルパーに対して投げかけてくる様々なサインを受けとめ、障害者の意思に沿って応答することが求められることになる。

4、エンパワメントを支援する関係性
ヘルパーが「社会モデル」の介助を行う為に必要になる姿勢とは何か。それは介助者という役割を果たしつつも、同じ人として双方向から自由に応答する中で相手に対する「責任(デリダ,1999=2004,59)」1)を行使することであると考える。それは障害者差別に繋がる価値観から離れ、一人の主体として一人のインペアメントのある人に向き合う姿勢である。同時に、障害者も自分の生き方への理解を求め主張していく中で、ヘルパーに対する影響力を高めていく姿勢が求められることになる。この双方向の応答の中に時として、香山よしのが指摘する「時にはぶつかり合い、踏み込まれて初めて他者の存在に気づき自分を知る(香山2004,54)」ことも起こるのである。つまり障害者がエンパワーしていく上で、彼らの影響力を受け取り応える介助者は重要なのである。
「社会モデル」に拠る介助における障害者とヘルパーは、双方から影響し合い、互いを権利主体として扱うことを通して、障害者のエンパワメントを支援する応答が可能な関係性に至ることもあるのである。

5、エンパワメントを実現する制度へ
 障害者を配慮が必要な弱者であると位置づける価値観はヘルパー個人の問題ではないのだから、その価値観の変更をヘルパー個人の資質にのみ求めても容易には実現しない。ヘルパーの労働を規定する介護保障の制度を「社会モデル」に拠る障害観に基づく制度に変更することで「社会モデル」に対する理解を広めることが可能になる。また時間に余裕のある介助サービスであるならば、障害者とヘルパーが応答し合う時間が増えることになるのだから、デリダが言うところの「責任」の行使に至る関係性に近づくと考える。障害者のエンパワメントを実現していく上で、介助制度を変えていくことは必要なのである。



〔注〕
1)デリダは「責任」の行使について「公式かつ公的に定められた教義や、それに基づいた制度的な共同体から外れること(デリダ,1999=2004,58)」と記している。


{文献}
Derrida Jacques,1999,Donner La Mort,(=2004,廣瀬浩司,林好雄訳,『死を与える』,ちくま書房).
蛯江紀雄,2011a,「サービス提供の基本視点」,訪問介護員養成研修2級課程テキスト編集委員会編,『ホームヘルパー2級課程テキスト1』,財団法人介護労働安定センター.
2011b,「福祉理念とケアサービスの意義」,訪問介護員養成研修2級課程テキスト編集委員会編,『ホームヘルパー2級課程テキスト1』,財団法人介護労働安定センター.
香山よしの,2004,「知的障害者へのガイドヘルパーによる支援−地域であたりまえに『人』として生きる」,福祉労働編集委員会,『季刊福祉労働』103,現代書館,49-55.