障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

勝野 有美 (かつの  ゆみ)  慶應義塾大学システムデザインマネジメント研究所

□共同報告者

津々木 晶子 (つつき あきこ)  慶應義塾大学システムデザインマネジメント研究科博士課程
長谷川 洋 (はせがわ ひろし)  慶應義塾大学システムデザインマネジメント研究科修士課程

■報告題目

ユニバーサルスポーツとしてのブラインドサッカーの可能性について

■報告キーワード

ブラインドサッカー 障害理解 ユニバーサルスポーツ 

■報告要旨

ブラインドサッカー(以下、ブラサカ)は、視覚障害者のプレーヤーだけでは成り立たない競技である。チームには必ず、複数の晴眼者が参加し、それぞれに役割を担ってプレーを行っている。ブラサカに関する従来の研究は主に、視覚障害者スポーツとしての意義と普及・発展の方策について論じたものと、視覚障害者と晴眼者の交流ツールとしての有効性を考察したものとに大別できる。いずれも、視覚障害者と晴眼者を二分し、晴眼者による視覚障害理解、もしくは両者の交流においてブラサカ体験が果たす効果を検証している 。[1]
本報告では、慶應義塾大学日吉キャンパスにおいて2010年から実施している「フットサルアドベンチャー」の概要を紹介すると共に、回を重ねる中での主旨の変更・拡大の詳細、及び参加者アンケートの分析結果を中心に報告する。2010年の開始以来、同イベントが一貫して掲げている理念は「サッカー(フットサル)を通じて、視覚障害者と健常者があたりまえに混ざり合う環境を作り出し、みんなが楽しむ場を創発すること」である。またイベントタイトルに含まれる「アドベンチャ―」は、参加者一人一人が本イベントへの参加を通じて何らかの初めての経験をし、そこで得た気づきを各自の日常生活に持ち帰ることを企図したものである。
開始当初は、視覚障害者スポーツとしてのブラサカの知名度向上を第一の目的とし、日常的に視覚障害者に接する機会が少ないと思われる本学の学生がブラサカを知ることで視覚障害者に対して持っているイメージに変化が起こることを狙いとしていた。そのために、全学規模で開催されるフットサルイベントと同じ会場で同時にブラサカの公式リーグ戦を開催するとともに、アイマスクを着用してボールを蹴るブラサカ体験会を実施した。その成果は、主に以下の三点である。
まず、晴眼者の学生がブラサカ選手のプレーを「見る」ことを通じて、視覚障害を持つ選手のプレーの精度や身体能力に対して良い驚きとポジティブな感想を持ったことである。さらに実際に「体験する」ことで、視覚を使わずにボールに触れること・コミュニケーションをとることの難しさと楽しさの両方を実感できたことである。これらは、特に視覚障害のあるブラサカ選手が競技を行ううえで重視・期待している“交流”や“コミュニケ―ション”を生み出すことに繋がった。本イベントをきっかけとして、2010年に横浜市を拠点に結成されたブラサカチームに複数の晴眼者の学生及び教員が参加し、日常的に一緒にプレーする“仲間”となった 。[2]
翌2011年には、イベントのサブタイトルを「Imagine the Blind〜見えても見えなくても僕らはサッカーでつながれる〜」とし、プロリーグ戦の観戦と体験会を両輪として、より深い視覚障害理解を導くこと、そして他者理解にとどまらず各人の身体知に対する意識を拓くことをも具体的な目的に掲げた 。[3]日本ブラインドサッカー協会が全国の小学校などで実施しているスポーツ育成事業(通称“スポ育”)のノウハウを土台に、視覚障害のあるブラサカ選手にも企画段階から議論に加わってもらい、大会の主旨やスローガン、そして具体的なプログラムについて議論を重ねた。その過程もまた、学生にとって、視覚障害理解のチャンスとなったといえる。またイベント当日には、“地域との交流”をテーマにゼミ活動を行っている学生が、多数、ボランティアスタッフとして参加した。これらの学生に対して実施したアンケート結果からは、試合前後にブラサカ選手のアテンドを行ったり、プロリーグ戦を間近で観戦したりすることで、視覚障害・視覚障害者に対する認識の変化や、ブラサカに対する関心の高まりといった効果が確認された。「体験する」こと以外にも様々な手法でブラサカに触れる機会を作ることが、教育上、良い効果をもたらすと考えられる。
2012年には、イベントのサブタイトルを「New challenge, new stage〜思えばいつだって僕らのきっかけはサッカーなんだ〜」とし、脳性まひ者7人制サッカー(通称“CPサッカー”)のチームや、ホームレスの社会復帰を目的として活動しているホームレスサッカー日本代表チームとの連携を試みた。いわゆる標準的なフットサル・サッカー以外のマイノリティサッカーに携わる人々が、それぞれの立場から意見を出し合い、共に企画を作り上げた。
理解されるべき対象は、視覚障害者から、様々な事情・特性を持つ人たちへ拡がり、より深く多面的な障害理解及び他者理解・相互理解を引き出す“場”を形成することが具体的な目標となった。独自のルールに則って行われる多種多様なフットサル・サッカーを「見る」「体験する」ことは、互いを知るきっかけとなり、さらに積極的に“違いを楽しむ”ことをも可能とする経験であると言える。
2010年から継続して、ブラサカ体験が障害理解に及ぼす効果を探るためにアンケート調査を実施している。その結果からは、普通のフットサルイベントと同時開催されるブラサカリーグ戦及びブラサカ体験会という取り組みが、視覚障害・視覚障害者理解に大きな効果を持つということを示されているのと同時に、晴眼の学生が視覚障害・視覚障害者に対して持っていたイメージを根幹から変え、視覚障害に起因する困難を理由に周囲からの助けを必要とする人々としてではなく、視覚を使わずに生活している他者として、共に楽しみ、コミュニケーションを取り合える“仲間”として視覚障害者を認識しなおすきっかけとなっていることが確認できた。
なお、開始当初は、日本ブラインドサッカー協会と、報告者が所属する本学システムデザイン・マネジメント研究所ユニバーサルデザイン・ラボが別個にアンケート調査を実施していたが、2012年度からは、アンケート実施目的について議論を行い、アンケート内容の合理化・一本化をしている。さらに、2012年には、大学1・2年生を対象とした科目「地域との対話」の受講学生が参加し、フットサル経験のある晴眼者に対していかにブラサカの認知度を高め、積極的に参加してもらうかを探るという目的から共同でアンケートを実施した。
イベントの目的が変化・深化・拡大するのに伴い、企画・運営に携わる主体が増え、多様な立場から意見を出し合い、互いに気づきを得るというプロセスが進化・深化していることも、本企画の特長といえる。2013年の大会は10月に開催予定で、前年のサブタイトルを引き継ぎ、より効果的な“交流”の場を作るための工夫をすべく、目下、議論を重ねているところである。
冒頭に述べたように、ブラサカの競技特性として、必ず視覚障害者と晴眼者が協力し合わなければゲームが成り立たないということが挙げられる。日本にいる障害者に占める視覚障害者の割合は少なく、ブラサカ人口も非常に少ないため、日本国内に限っては、フィールドプレーヤーとしての晴眼者の参加も認められているという事情がある。視覚障害のあるブラサカ選手が日常的に練習や試合を行うためには、ブラサカの知名度向上と並んで、より多くの晴眼者がブラサカに積極的な関心を持ち、参加することが肝要である。
本研究では、多数派としての晴眼者が少数者である視覚障害者を理解し彼らの要望に応えるという、いわば“支援・被支援”という関係性から離れ、互いの違いを知り、違いを楽しみながら共に活動する“場”を創出するうえでブラサカが持つ効果を重視し、今後より一層、目的を精緻化し、効果的な手段について検討を重ねていきたい。


[1]長澤・入口ら(2009)、横尾・八宮ら(2009)、横尾(2010)など。
[2]2010年の企画概要及び参加者アンケートの結果については日本体育学会第62回大会(2011年9月25日~27日、鹿屋体育大学にて開催)で「ユニバーサルスポーツとしてのブラインドサッカーの可能性―大学主催のフットサルイベントの参加者の調査からー」(代表報告者:津々木晶子、共同報告者:勝野有美、石手靖)として報告した。報告要旨は、社団法人日本体育学会編『日本体育学会大会予稿集(62)294』(2011-09-25)を参照のこと。
[3]一度限りの体験では十分な気づきが得られないのではないかとの考えから、フットサル大会に先立ち、連続ワークショップ「身体知とハンディキャップ理解〜五感を生かしたコミュニケーション〜」を実施した。全4回のテーマは「環境認知」「コミュニケーション」「チャレンジ精神」「ディスカッション」で、ブラサカ日本代表選手・日本ブラインドサッカー協会事務局長・ブラサカ国際審判員などが講師を務め、参加・体験型ワークショップを実施した。
ワークショップの参加者は、20代から40代にかけてまんべんなく、8割以上がサッカー経験者であった。参加動機は「ブラインドサッカーに興味がある」(13名)、「視覚障害・視覚障害者およびその支援に興味がある」(8名)、「五感を生かしたコミュニケーションに興味がある」(7名)、「体験型ワークショップに関心がある」(5名)、「サッカー・フットサルに興味がある」(4名)の順であった。学校・教育関係以外の社会人の参加が5名前後あった一方で、福祉関係者の参加が全くなかったことを考え併せると、従来、視覚障害者と接点のない人が視覚障害に関心を持ち、その支援に関心を持ったり、共に何らかの活動を行う機会を得たりする契機として非常に有効であったといえる。
ワークショップ参加者に対するアンケート結果からは、ブラサカ体験が、視覚障害・視覚障害者理解にとどまらず、参加者各自の“身体知”を深め、他者とのコミュニケーション能力及び意欲の向上という効果を持ちうることが確認された。本報告では、フットサル大会そのものに焦点を絞るため詳細は割愛するが、当該ワークショップに関する考察は、イベント主旨の見直し及び企画立案の内容に影響を及ぼしている。