障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨
川井田 祥子(かわいだ さちこ) 大阪市立大学 都市研究プラザ
■報告題目
福祉(well-being)における障害者の芸術的表現の意義
■報告キーワード
well-being、芸術的表現、セルフエスティーム
■報告要旨
グローバリゼーションの進展と産業構造の急激な転換に伴って生じた社会的排除を克服しようと、欧州各国では1990年代からワークフェア(雇用志向政策)を実施し、社会保障の対象となる人々を労働市場へ導き、社会保障費の軽減を図ろうとした。しかし社会的排除とは、低所得という一次元的な要因のみに基因するものではないためワークフェアのみによって解決できる問題ではなく、精神面でのケアも含めた多面的な支援策の展開が求められている。
このような問題意識の基、本報告は障害者の芸術的表現に着目し、ミクロレベルでの支援策も含めた福祉(well-being)を具現化していくためには、福祉政策に文化政策の視点を組み込んでいく必要性を検証することを目的としている。なぜ芸術的表現に焦点をあてるかといえば、芸術的表現が社会との関係を再構築するとともに多様な価値実現の可能性を有しており、その成果が他者から評価されてセルフエスティーム(自己肯定感)が向上すれば主体性が育まれ、ケイパビリティ(潜在能力)を発揮してQOL(生活の質)を向上させていくようになると考えられるからである。
研究の方法として、@大阪府内の障害者福祉施設を対象に芸術的表現活動をどのように行っているかの調査(平成21年度に府内の福祉施設764カ所を、平成22年度に公募展入選者68人を対象に、それぞれアンケートとインタビューを実施)と、A障害者の芸術的表現の支援活動を行っている先駆的な団体であるアトリエインカーブ(大阪市)を対象にインタビュー調査を行った。
これらの定性的および定量的調査から明らかになったのは以下の4つである。@芸術的表現によって生み出された作品が享受能力をもった他者に評価されることによって、障害者のセルフエスティームが高まるとともに、芸術的表現に対する欲求もさらに高まる、A享受能力をもち、かつ芸術的価値や経済的価値を実現させる手立てをもった他者(学芸員やギャラリスト、作品のコレクターなど)と出会う機会があれば、多様な価値実現の可能性が高まる、B経済的価値が実現して収入を得ることができれば、その収入を用いてさらに自分の生活を豊かにすべくさまざまな行動を起こすようになる、Cこうした連関が起これば、障害者一人ひとりが自らの自己決定権を行使し、QOLを向上させていく可能性が高まる。
結論は、所得保障や住宅保障を主目的にしていた既存の福祉(welfare)制度のみでは社会的排除の克服は困難だと考えられ、克服のためのアプローチの一つとして、障害者の芸術的表現に焦点をあてて福祉(well-being)を構想していくことが重要だということである。また、作品の芸術的評価システムの確立による芸術的価値の実現とともに、作品の販売や商品開発等によって経済的価値を実現していくことは、福祉の専門家だけでは難しく、分野横断的なネットワーク構築が不可欠である。重層的なネットワークが構築できれば、多様な選択肢を提示することにつながり、QOLの向上にも寄与する。そのためにも、福祉政策に文化政策の視点を組み込んでいくことが必要だと考えられる。
<主要参考文献>
石川准・長瀬修編著[1999]『障害学への招待――社会、文化、ディスアビリティ』明石書店
今中博之[2009]『観点変更――なぜ、アトリエ インカーブは生まれたか』創元社
遠藤辰雄・井上祥治・蘭千壽編[1992]『セルフ・エスティームの心理学――自己価値の探究』ナカニシヤ出版
川井田祥子[2013]『障害者の芸術表現――共生的なまちづくりにむけて』水曜社
杉野昭博[2007]『障害学――理論形成と射程』東京大学出版会
田中耕一郎[2005]『障害者運動と価値形成――日英の比較から』現代書館
服部正[2008]「アウトサイダー・アートと障害者自立支援法」『兵庫県立美術館研究紀要』No.2、pp.14-23
福原宏幸編著[2007]『社会的排除/包摂と社会政策』法律文化社
宮本太郎[2004]「就労・福祉・ワークフェア――福祉国家再編をめぐる新しい対立軸」塩野谷祐一・鈴村興太郎・後藤玲子編『福祉の公共哲学』東京大学出版会
Bhalla, Ajit S. & Lapeyre, Frederic[2004], Poverty and Exclusion in a Global World, 2nd ed., Macmillan Publishers Ltd.
Sen, Amartya[1985], Commodities and Capabilities, Amsterdam, Elsevier Science Publishers B. V.(鈴村興太郎訳[1988]『福祉の経済学――財と潜在能力』岩波書店)
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