障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨
高森 明(こうもり あきら) 無所属
■報告題目
職場は〈スケープゴート〉を必要とする
■報告キーワード
グレーゾーンの人々、スケープゴート
■報告要旨
社会は学校、職場、家庭の設計及びその集団内の関係のあり方によって、絶えず〈障害者〉を生産し続ける。そして、生産の過程で、〈障害者〉なのか否かあいまいな状況に置かれた者たちをも多数生産する。
このうち、あいまいな状況に置かれた者たちを筆者は〈グレーゾーンの人々〉と呼んでいる。現在では医学的には何らかの機能不全があると見なされているが、社会的には〈障害者〉と承認/ラベリングされることの少ない人々のことである。〈グレーゾーンの人々〉は今でも、義務教育段階では普通学級に在籍し、通常枠の一般雇用で就労する者が少なくない。女性であれば結婚している者も少なからず存在している。少なくとも、自分から〈障害者〉だと名乗らない限りは、〈心身の機能不全〉を理由に制度的、文化的に社会参加を禁止、制限されている人々ではないことは確かである。
しかし、問題なのは社会参加の質である。社会参加状況に目を転じてみると、〈グレーゾーンの人々〉の中には、貧困、暴力、孤立と隣り合わせの社会生活を送っている者が少なからず存在する。報告者は2008年度以降、家庭、学校、職場の何が〈グレーゾーンの人々〉を過酷な社会参加状況に陥らせているのかを明らかにしようと試みてきた。昨年度からは、家庭、学校、職場という集団のどのような関係のあり方が〈グレーゾーンの人々〉を生き辛くしているのかに注目をして、考察を続けていた。本報告では、職場におけるどのような関係のあり方が〈グレーゾーンの人々〉を過酷な状況に陥らせているのかを明らかにしたいと思う。
具体的には、反貧困運動の中で重要な役割を果たすことになった湯浅 誠、川添 誠らが挙げた1人の職場で不利益が集中しやすかった〈若者〉の事例を手がかりに考察を進めた。湯浅、川添らが挙げた若者は、仕事の段取りが悪い、コミュ二ケーションが不器用であるといった理由で職場では奇異な目で見られ、お荷物扱いされ、同僚からいじめを受けることの多い立場に置かれて続けていた(現在ならば安直に発達障害と診断されるだろう)。さらに、他の人々に比べて解雇及び離転職の経験が多く、生活困窮に陥ることになった。
一見すると、排除を経験しているようにも見える。しかし、報告者は若者が所属する職場の上司、同僚はむしろ〈若者〉を過酷な状況に置いたまま、職場に必要としているという観点からこの事例を読み解いていった。
職場の業務、人間関係が過酷で耐えがたい環境となった時、職場集団のメンバーは耐えがたい環境が生み出される〈元凶〉となった人物を作り出すことに躍起になり、責任を転嫁するようになる。責任を転嫁され断罪される役割を与えられた者こそが、本報告で言う〈スケープゴート〉である。〈スケープゴート〉には部下から反感を抱かれやすい上司が選ばれることもあるが、集団の中で特に不遇な立場に置かれたメンバーが選ばれることも少なくない。不遇なメンバーとは、他のメンバーたちから業務習得及び遂行に困難がある、コミュ二ケーションに不器用で奇異な印象があるとされ、集団内で孤立しやすいメンバーのことである。
集団内で特定のメンバーだけが〈スケープゴート〉に選ばれ、その地位が固定化されることは、他のメンバーたちにとっても大きなメリットがある。〈スケープゴート〉に選ばれたメンバーの地位が固定化されれば、他のメンバーたちは〈スケープゴート〉を憂さ晴らしの対象とすることが正当化される。さらに不遇なメンバーを〈スケープゴート〉の地位に固定化すれば、自らが〈スケープゴート〉に選ばれる可能性を低くすることもできる。
上司の立場から見れば、〈スケープゴート〉の役割を与えられたメンバーは、極めて解雇する理由のつけやすい労働者であり、人員整理が必要となった時に、恣意的に解雇することが容易である。耐えがたい環境に置かれた職場集団において、〈スケープゴート〉の役割を与えられた不遇なメンバーはなくてはならない存在なのである。
〈スケープゴート〉の役割を与えられたメンバーは使い捨て労働者となり、他のメンバーたちより失業を経験するリスクは高くなる。しかし、湯浅が指摘するように絶えず労働市場に押し戻され、新しい職場でも再び〈スケープゴート〉の役割を与えられる可能性は高い。〈スケープゴート〉は安上がりな労働力として労働市場の中で絶えずリサイクル(再利用)されていく。
過酷な労働環境が生じた時に安易に〈スケープゴート〉を作り出すことによって職場集団の不満を鎮めるような職場集団のあり方こそが問題とされなければならないだろう。
|