障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

松波めぐみ(まつなみ・めぐみ)  公財)世界人権問題研究センター

■報告題目

「障害者差別解消法」をどう浸透させるのか?ー人権教育の立場から

■キーワード

障害者差別解消法、人権教育

■発表要旨

 私は現在「障害者の人権」に関わる大学(非常勤)での授業や、時おり公務員・企業関係者等への人権研修を行いつつ、2008年末から京都府での障害者差別禁止条例づくりに関わっている。いずれも「障害の社会モデル/障害者権利条約」に基づく実践と考えている。
 今回、ポスター報告を思い立った第一の理由は、先ごろ成立した「障害者差別解消推進法」(以下「差別解消法」)に関わって以前よりいくつかの危機感を抱いており、それを他の人と共有してみたくなったためである。また、人権教育を専門とする自分の課題も明らかにしたかった。

1. 差別解消法をめぐる危機感−当事者にもピンとこない−
長年の障害者運動の悲願であった「差別解消法」が、2013年6月、ついに国会で可決成立した。しかしこの法の意義や理念、潜在的な可能性はまだほとんど知られていない。法案成立への活発な運動も「TRY2013」等に限られていた。むろん多くの人にとって法律とは小難しく、よほど「自分と直接関係がある」と思えない限り関心をもてないものであろうが、「直接関係ある」はずの障害者の関心も高くなかったのには構造的な理由があるだろう。たとえば「給付や介護サービスを必要としていないが差別は受けることがある」人は、障害者団体等に加入していないことが多いために近年の障害者制度改革等について知る機会がなかったりする。障害者団体関係者の間でも、差別禁止法制は「ピンとこない、わかりにくい」という声は多い。あるいは救済措置のみに関心が向き、「社会を作り変える」潜在的可能性が知られていないと感じる。

2.さらに危機感−障害者がヘイトスピーチの対象に?−
差別解消法では「差別するかもしれない側」がもう一方の「当事者」であることは、福祉関連法規との大きな違いである。行政や事業者、また広く市民に、差別解消法の意義と内容を知らせ、「合理的配慮」の理解をも広めていくことが、今後大きな課題になる。差別禁止部会「意見」(2012年8月)は、差別禁止(解消)法は、「何が差別にあたるのか『物差し』を明らかにし、社会のルールとして共有すること」を目的とすると述べる。だが、差別という言葉を聞いただけで拒否反応を示す人(学生)も多い。
 差別解消法成立が報道された時のネット上の反響に「障害者が利権をむさぼる」「障害者が優遇され、健常者が逆に差別される」というものがあった。まだ大きな流れにはなっていないが、障害者と分け隔てられてきた市民から、ヘイト(憎悪)を含んだ障害者への言説があふれ出すことは、十分考えられる。湯浅誠は、近年の生活保護バッシング等に関連して、今後障害者への基礎年金も「多すぎる」と非難の対象になる危惧を述べている(2013年6月朝日新聞)。
 差別解消法、もっといえば障害者総合支援法や雇用促進法もインクルーシブな社会をめざすものだ。そのメッセージを広く伝えていかない限りは、障害者を「自分とは関係のない場所で暮らしている弱者」と見下ろしている間にはなかった否定的感情が、地域移行しようとする/職場に入ってくる障害者に対して向けられることは、ありうる。合理的配慮は葛藤込みでしか浸透していかないだろう。葛藤は不可避だが、それが排除につながらず、社会生活のあらゆる場面での平等を実現していくために何が必要か。おそらく法律の趣旨説明等にとどまらず、「障害の社会モデル」の考え方や背景の理解、「社会連帯」的な意識の醸成をめざすとりくみが急務ではないだろうか。
 
3.人権教育の課題と、もしかしたら役にたてるかもしれないこと
 私はこれまで、日本の人権教育・啓発における障害者問題の扱いがいかに(なぜ)「障害の個人モデル」に偏っているかを考えてきた(松波2003、2011、2013)。「思いやり」など道徳偏重であったり、「がんばる」障害者像を示して好感を調達する「ゆるふわ」な学習の限界と弊害は明らかだ。
 しかし本報告ではあえて、差別解消法以降に人権教育分野の蓄積が果たしうる役割を考えてみたい。それはマイノリティや女性の運動の主張が「国際人権」の枠組みに採り入れられた意味を考える学習や「自分の権利を学ぶ」学習の実践例であったり、部落解放運動−同和教育からの苦い教訓であるかもしれない。障害者の人権への理解を本当に求めるのであれば、「障害者だけ」にとどまらない普遍的な人権学習が(学ぶ者のエンパワメントという視角からも)重要であろう。

【文献】
松波めぐみ 2003 「障害者問題を扱う人権啓発」再考――「個人−社会モデル」「障害者役割」を手がかりとして」『部落解放研究』第151号,45-59頁
松波めぐみ 2011「『障害者の権利』学習の構築に向けて−『障害の社会モデル』概念を中心に」『研究紀要 第16号』財団法人世界人権問題研究センター
松波めぐみ 2013 「障害者差別禁止法」以降の人権教育に向けて 『研究紀要 第18号』公的財団法人世界人権問題研究センター