障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

小山 聡子 (おやま さとこ)  日本女子大学

■報告題目

ソーシャルワーク批判と向き合う援助論教育のありかたについて

■報告キーワード

ソーシャルワーク批判・専門職性・援助論教育

■報告要旨(2,000字以内)[註、文献等も含む]

 本報告の目的は、ソーシャルワークに対して向けられる批判の内容を今一度整理して、ソーシャルワーク教育を担当している自分自身が、今日明日レベルの教育で何に留意し、何を変革していくべきなのかを確認することである。そのためにいくつかの批判言説を検討する。それらを受けて、社会福祉士等資格と言うくくりそのものが内包する矛盾に触れた上で、ミクロソーシャルワーク教育における留意点を小括したい。

1.ソーシャルワーク批判
 オリバーらがソーシャルワーク等対個人支援をして「障害を個人が克服すべき悲劇としている」(Oliverら 2006:22-3,46)と述べたのは周知のとおりで、障害の受容を含む個人変容一般に向けた援助実践批判の一大根拠となっている。一方、ある社会の職業構造における、被用者ワーカーとしての限界も指摘されて久しく、例えばジョーダンはワーカーが「政治的イデオロギー、行政構造、宗教的伝統などの他の理由から引き出される政策によって大きく決定される役割と業務を担っている」と述べる(Jordan= 1992:111)。
我が国で、1990年代以降影響を及ぼすようになった現代思想の主張は、ソーシャルワーカーに限らず「専門職」とは、恣意的にくくられた対象者とセットで立ち現れる利権の獲得者であることを示す。(Gergen=2004: 102-8)。野口はこうした言説をケアの現場に読み解き、援助者側が不可視化される、テクニックとしての援助方法論では不十分であることを主張した(野口2003:35)。関連して、日本心理臨床学会内での自己批判として展開した心のケア批判の流れに注目すると、ミクロの援助場面で活用される「受容・傾聴・共感」といった技法を、感情への焦点化によって問題を個人に還元し、環境への着眼から「ずらす」手法であるという主張もある(小沢2003)。
また、エンカウンターグループやSSTといったソーシャルワーク実践の現場及び自助グループでの活動に活用される各種の方法論も、各個人の生きづらさを解消していく有効手段でありつつも、暗黙裡に存在するタブーをさらに強調するものとして注意を要することの指摘がある(すぎむらなおみ+「しーとん」2010:132)。さらに、ソーシャルワークの教育実践者自身がその内部から、教育における利用者との関係構築能力の涵養をして、ホスピタリティー産業の一部としてとらえるような枠組みを自ら提供する危険性について述べる例もある。(横田2007:4-6)。

2.ソーシャルワーク教育における自己矛盾
 上記のソーシャルワーク批判はいくつかの論点を含むが、最低限属性モデルとしての資格制度そのものがはらむ「矛盾」について資格教育の中で述べるという困難に直面することは確かである。三島は、ソーシャルワーカーが属性モデルの専門家像から「降りる」ことを提案し、アカデミックな知とは異なる利用者の主観の次元にとどまって支え続ける「専門性」を説いた(三島 2011:93-132)。一方ソーシャルワークの専門職制度は、認定社会福祉士なる新たな認証をスタートさせ、明らかに属性モデルによる専門性の向上と「地位の向上」を目指していると思われる。ソーシャルワーク教育に携わる者はこうした自己矛盾をまずは強く認識すべきなのである。

3.ソーシャルワーク教育における留意点
 杉野によれば(杉野 2012:152-173)、生活モデルとは、援助実践現場の現実から帰納的に導き出されたものではなく、ソーシャルワークの統合を果たすことをめざし、その実体化としてソーシャルワーカー養成課程統一化のために提起された理論である。「心理療法から社会福祉協議会まで多様な実践が単一の職業として社会的承認を得ようとするために構築されたモデル」という指摘は、職場により大きく異なるであろう業務内容と権限を度外視して、授業にてソーシャルワーカーの共通項を描くことの難しさと符合する部分がある。
 ソーシャルワーカーの養成においては、2で述べたような自己矛盾が内包されることを学生に対して常にわかりやすく説明するとともに、特に対社会の働きかけの具体像を示し続ける必要がある。また、「受容・傾聴・共感」といった手法の目的と方法が理論によって異なっており、現在のソーシャルワーク教育においては十分にそこが整理されていない実態を踏まえた演習構築が必要であるし、何より肝心なのは援助実践の現場で起こる各種のジレンマ構造に丁寧に向き合うたたき上げの研究を当事者とともに積み上げることである。



Gergen, Kenneth J (1999) An Invitation to Social Construction, Sage publication.(=2004, 東村知子訳『あなたへの社会構成主義』ナカニシヤ出版.)
Jordan,Bill (1984) Invitation to Social Work,Basil Blackwell Ltd.(=1992,山本隆監訳『英国の福祉−ソーシャルワークにおけるジレンマの克服と展望―』啓文社.)
三島亜希子(2011)「障害者ソーシャルワークの提案する専門家像」松岡克尚・横須賀俊司編著『障害者ソーシャルワークへのアプローチ』明石書店.
野口裕二(2002=2003)『物語としてのケア−ナラティブ・アプローチの世界へ』医学書院.
Oliver Michael & Sapey Bob (2006)Social Work with Disabled People third edition,Palgrave Macmillan.
小沢牧子(2002=2003)『「こころの専門家」はいらない』,洋泉社新書.
杉野昭博(2012)「ソーシャルワーク理論史からみた生活モデル」一般社団法人日本社会福祉学会編『対論社会福祉学4 ソーシャルワークの思想』中央法規.
すぎむらなおみ+「しーとん」(2010)『発達障害チェックシートできました』生活書院.
横田恵子(2007)『解放のソーシャルワーク』世界思想社.