障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

安原 荘一(やすはら そういち) 全国「精神病」者集団

■報告題目

「社会復帰」概念に対する一考察―その歴史的変遷と「反社会復帰」運動、未来への展望

■報告キーワード 

精神障害者 社会復帰 反社会復帰

■報告要旨

「社会復帰」という言葉は、一般的に大変広く使用されている概念である。刑務所の受刑者の社会復帰、ハンセン病患者の社会復帰等相対的に社会的スティグマが強い人々が一般社会に復帰するという用法もあれば、もっと広く職場への復帰等を意味する場合もあるが、社会生活の外部にいた人々が再び社会生活を営む様なケースで使われる場合が多い。
さて精神医療、精神障害者の世界においてこの「社会復帰」という概念は、独特の使われ方をされてきた。その意味するところは大変複雑で混乱もしてきた。「社会復帰」という日本独自の概念は英語表現では、rehabilitation,resettlementとなるがいずれも必ずしもに正確に対応するものではない。このこと自体も「社会復帰」という概念理解に混乱をもたらしてきたようである(ちなみに身体障害等の場合も社会復帰という概念は使われてきている)。
精神医療の世界で「社会復帰」という概念が使われ始めたのは、1960年代と思われる。そして精神衛生法改正の際に、付帯決議にこの言葉が盛り込まれ、精神保健福祉法が成立に際して、法律用語として公式に使われ今日に至っている。「社会復帰施設」、「(医療観察法での)社会復帰調整官」等々。「社会復帰」という概念は精神障害者に関するある種のキー概念であり、当事者運動史的に見た場合も「反社会復帰」という主張が存在し続けてきた大変重要な論点である。

ここで、「社会復帰」概念の意味するところの歴史を簡単に振り返ってみよう。1960年代において一度長期入院した精神障害者の退院は極めて困難であった。その原因は様々あげられるが、強い社会的差別意識の他に「社会復帰」するには就労出来なくてはならないという考え方が、医療サイドにも家族サイドにも、また本人自身にとってさえも大変強かったことがあげられる。1962年の日本神経学会はテーマに「社会復帰」を掲げたが、そこにおける「社会復帰」とは「社会的適応と経済的自立」の言い替えにすぎないものであった。そしてこの考えにも基づき、病院内ではこの時期、「生活療法」「作業療法」が盛んに行われていたが、前者は病棟内での患者の全生活を「しつけ」等の理念のもと全面的に管理するものであり、後者は病棟内での患者の全面的使役をも正当化するものでもあった。
1970年代に入ると病院開放化運動が始まり、共同作業所、グループホーム設立の動きも活発化してきた。谷中輝雄らが発行してきた雑誌『精神障害と社会復帰』によれば、まずは退院患者の住居の確保が最大の課題であったようである。当時、精神障害者がアパートを契約することは大変難しく、共同住居の形で一軒家を借りてそこを居住の場とした「やどかりの里」運動を谷中らは開始していったのである。この点に関しては多くの論考が存在するので詳細は省くが、いわゆる「社会復帰」という概念が、「社会的適応・経済的自立」ではなく、「仲間同士で支え合い、病を持ちつつもあたりまえにその人らしく生活していくこと」へと変化してきたのである。そして谷中自身、80年代に入ると「社会復帰から社会参加へ」とも発言している。
また、70年代以降の反保安処分闘争、悪徳病院糾弾闘争等の中で主張されてきた「反社会復帰」の考え方には、多少のニュアンスの違いはあれ、資本主義社会に強制的社会適応をせまる「社会復帰」の発想に対する根源的な批判があった。病者を疎外し、差別し搾取し病の原因ともなった「(資本主義)社会」への復帰などナンセンスなのである。
現在精神障害当時者運動の中で「社会復帰」という言葉が使われることはほとんどない。代わって「地域移行」「社会参加」「脱施設化」と言った概念が主流である。この背景には社会復帰概念に批判的な当事者が多かったことや他障害の運動との連帯や相互交流等もあげられよう。しかしながら精神保健福祉法においても精神保健福祉士等においても未だ「社会復帰」という概念は存在している。このことをどう考えるべきか。
最大の問題点「社会復帰」というのは各種専門家が「訓練」を行い、社会に適応させるという発想が精神障害の場合大変強く存在するという点である。必要なのは仲間であり支援であり経験なのである。専門家でなければ出来ないことと言うのはそう多くはないだろう。むしろ同じ入院等を経験をしたピアの方が様々な観点から望ましいと思う。「社会復帰」概念は、結局は行政、専門職用語でしかなかったのではないか。
英語圏でもBack to communityが当事者運動の一つのスローガンであり、さらに新しい価値観に基づいた新たなコミュニティを創出していくことも当事者運動全体の課題となってきている。「反社会復帰派」の主張とはやや異なる形かもしれないが、もはや「社会復帰」という概念そのものが終焉を迎えたものと私は考える。


参考文献
『精神医療論争史―わが国における「社会復帰」論争批判』 浅野弘毅 2000 批評社
『精神障害と社会復帰』 各号