「待てないこと」を障害のサポートとして対応することに対する考え方

自閉症とか、その他の障害について、「アトラクション利用の列で待てないときがある」ということについて、なぜ?という疑問をお持ちのかたがいると思います。特に、「全く待てない」(待ち時間ゼロ)」とか、「ファストパスのような制度(待ち時間相当を他で過ごす)ことすらできない」というのはなぜ・・?と素朴に思われるのも当然のこと思います。

今はTDRもUSJも責任部署は理解してくださっていますが、過去には同様のお尋ねもありました。そこでお送りしたのは、最後につけたような説明です。(障害の特性としての「待てないこと」について)ちょっと判りにくいところもあるかと思いますが、あとに記しますので、参考にしていただければ幸です。

なお、待ち時間ゼロのカードをもらうのは、障害の有無・障害の程度・手帳の有無にかかわらず、どうしてもそのサービスが必要な人だけだし、使うのも、必要な時だけ、と思っています。

これは、「待ち時間ゼロ」が「優待」ではなく、「障害があっても施設が利用できるサービスをうける」ということからいっても当然のことです。

私たちの息子は、愛の手帳(知的障害手帳)2度という、重複障害を除く最重度であり、自閉症も知的障害も重度です。後述のような障害の特性として時間の概念も乏しいので、(これはしつけとかそういう問題ではありません)ゲストアシスタンスカードのような制度はとても必要です。でも、カード発行してもらっても待てるとき(そういうときもあるのです)は待たしています。私たちは、あたりまえにパークを楽しみたいのであり、最小限の配慮をうけたいとおもっているのですからそれは当たり前のことです。子供が大好きなディズニーランドですが、親は結構大変なので(笑・これは体験しないとわからないかも?)、1年に1回ぐらいしか利用できませんが、それでも大変有難いサポートです。TDLには、障害者割引の制度はありませんが、「割引よりも、なるべく他の入場者と同じように施設を利用してもらいたい」というTDLの姿勢には、当初より強く賛同するところです。

ここらへんを、カード利用者側のそういう事情や気持ちを、障害の特性とともに一般のかたにも理解いただくと共に、障害をお持ちであろうがなかろうが、趣旨に反した使い方をなされることや、こういうとりくみ自体を興味本位で揶揄することのないよう厳にお願いしたいと思います。

なお、自閉症は、「スペクトル」と称されるほど、障害の発現特性も様々です。同じ自閉症と診断されても「待てない」症状が全くないひともいます。また、ADHD(注意欠陥多動性症候群)やLD(学習障害)と診断された方々にも「待てない障害特性」を示すひとたちはたくさんいますが、この人たちは今の日本の制度では、障害手帳はもらえません。重度重複を中心とする肢体不自由のひとたち、内部障害や精神障害のひとたちにもすぐに入場できるサポートが必要なかたもいらっしゃいます。また、AIDS(AIDSは、日本でも障害として認定されるようになりました)のかたが人前で障害の理由を説明したり、手帳見せるリスクは今の日本では残念ながら極めて高いことは理解されるでしょう。

ここで注意していただきたいのは、私たちは、「自閉症全部を待ち時間ゼロにしてほしい」といっているのではなく、内部障害・肢体不自由の人たちを含め、全ての、障害がありどうしてもサポートが必要なひとたちに安心して必要なサポートが提供されることを望むだけだということです。「自分の子供は自閉症だがそういうサービスは必要がない」というかたや、「すっきりサービスを受けるために、障害手帳保持者だけにサービスを提供してほしい」という障害当事者・関係者の方々がいらっしゃったら、ここらへんもよくご理解いただき、本当に必要なサービスが提供されるひとたちへの配慮と支援の姿勢をお願いしたいと思います。

一般の入場者のかたがたには、サポートの結果として「列の前に入る」ということになるので、怪訝なお気持ちは十分に理解できます。特に、自閉症等の外見で障害と判りにくいひとたちには、なぜ?という思いも起こるでしょう。私たちも、そういう場合、可能な限り列の前後の人たちにはお礼と説明をするようにしています。が、限られた時間と状況(ゆっくり説明できる余裕がある状態のときは、カードも使わないですから・・)のなかで、とてもとても完全な理解は難しいと思います。そういう意味からも、本来は、こういうサポート制度の存在を、それがどういう意味をもちどういう対象に提供しているかとともに公表されたらいいのになあ・・と常々思っています。そうすれば、列の前後のひとにももっとちゃんとお礼したりできるし、不正利用や、不適切な利用があったら、スタッフだけでなく、お客同士や、そして私たちも注意したりできると思うのですけど。世の中にはいろいろな人がいますので、企業としてもいろいろリスクもあり、躊躇う事情も理解できるし、無理強いする立場にもありませんが、そういうことをのみ探っておもしろがったり逆手にとって悪用したりする人もいるというリスクもあることも念頭におく必要もあるかと思います。


 障害の特性としての「待てないこと」について

ここで、資料として送付した「自閉症スペクトル」「時間と空間を理解する」の章はTDLにゲストアシストカードを採用して欲しいとお願いするときにも送付しました。

内容はだいたい以下のような感じです。

自閉性障害は日常生活のあらゆる活動に影響を及ぼし、少しずつ改善する傾向はあるにしても、普通障害にわたって続きます。完全に治す方法は見つかっていませんが、だからといって何も取るべき方法がないということではありません。―中略―
自閉症では過去の経験か現在の経験かを認識できないので、時間や空間を理解することが非常に困難です。これらの困難が理解され考慮されなければ、教育や看護のプログラムは成功しません。

時間に関する問題は、時計を見て何時かを言う能力とは関係がありません。この能力に関して言えば自閉性障害を持つ人たちにも上手な人はいます。彼らは時が流れることを理解したり、時の流れと物事の経過を結びつけたりすることが
なかなかできないのです。

この困難は「待つことが出来ない」というかたちで現れることがよくあります。幼い子どもはだれしも待てないものですが、自閉性障害ではこの待てなさは何年も続き、成人期まで持ち越されることすらあります。食べたい、歩きたい、車に乗りたい、何でもとにかくやりたいときに一秒でも待たされようものなら、金切り声を上げはじめる人もいます。     ―中略―

時計で時間がわかるような能力の高い子どものなかには、時間に強迫的になりすべての事柄がまさにその定められていた瞬間に起こることを要求する子どももいます。「あと五分でね」と約束したくせに6分14秒も待たせた親は、ただでは済まされないのです。  ――中略――

たいていの人は日常用語で時を理解する能力を生まれながらにして身に付けています。この理解力が、自閉性障害をもつ人では知的水準に比べて大きく落ち込んでいるようです。
               
P115〜P121の抜粋ですが、よく読んでいただけると自閉性障害の特徴に、『待てない理由』は「時間の理解能力」が原因であると、はっきり書いてあります。

それから知的障害についてわかりやすく説明した本「ペーテルってどんな人?」のコピーも送りました。128ページ、A段階の人の「時間」の章です。(A段階=重度と考えてください)
最後のまとめで「要するにA段階の知能をもつ人には、一連の行動をとるのに必要な時間とか、ある事が起こるまでにかかる時間の見当がつかないということです。従って、例えば、何かを待つといったことも容易ではありません。」

すべての重度障害児が待てないわけではないのですが、待てないことを「親の努力不足」「本人の甘え」のせいと考え、バリアフリーの問題ではないと捉えられることが多いので、きちんと文献で証明する必要を感じてコピーを送りました。

ゲストカードの必要性を友人に説明するとき、使ったのは次のような例えです。

「海外旅行に行くには英会話ができなければ行ってはいけない。誰だって、努力すれば英語ぐらい喋れるようになるし、喋れないと旅行先で迷惑。喋れない人が行くのは無駄。英会話を教えるのは親の責任でしょ。」と言われて、「じゃあ喋れる
まで海外旅行には行かない。子どもに努力させる。」って、引き下がれるかな?「英会話できなくても行けば楽しいし、経験することが大事。ガイドや通訳がいればいいよね。」って思いませんか?

「ハンディキャップ」とはそういうものだと思います。他の人には簡単に出来ることが、努力しても出来ない人がいる。
TDRの担当者も、USJの担当者も、バリアフリーの制度を理解して、アシストカード採用を努力してくれていると思っています。


                  <TOPへもどる>