<成年後見通信・目次へ戻る>

【質問10】
 私の息子は自閉症です。すでに療育手帳をもっていて,Aの判定を受けています。成年後見制度を利用するように市役所の方から指導されていますが,息子を被後見人にする場合には再び鑑定をしなければならないのですか?

【質問11】
 私の息子も自閉症です。知的な障害は軽度ですが,コミュニケーション障害があり,平成15年からの契約制度の前までに,親が保佐人か補助人になるようにと市役所から指導されています。療育手帳はすでに持っておりB−です。鑑定が必要ですか?お金ばかりかかって困ります!

【質問10・11に対する回答】
 後見(家審規24条)と保佐(家審規30条の2,24条)では鑑定が必要とされています。補助(家審規30条の9)では鑑定は不要で,医師の診断書で足りるとなっています。

後見
原則・鑑定を行います。
例外・植物人間状態や近接した時期に別の裁判などで鑑定をした場合には不要となりうる。
保佐
原則・鑑定を行います。
例外・近接した時期に別の裁判などで鑑定をした場合には不要となりうる。
補助
原則・鑑定は不要で,医師などの診断書で判断します。
 
任意後見の場合(主に高齢者の場合に用いることができる制度)
任意後見契約を行う際には鑑定などは不要(但し,痴呆が進行しているような状態での任意後見契約締結であれば診断書などは必要)。任意後見監督人を家庭裁判所が選任する際には,医師などの意見書で足りるというのが原則。
(*西村としては納得できない規定)

【回答10・11についての解説】
第1、  今回は,自閉症の方の場合を取り上げて,鑑定について説明します。

1、 自閉症の80%〜85%は知的な障害があると指摘されています。また知的な障害のある人のうち80%以上は軽度の知的障害者といわれています。
  

知的な障害のない人
知的な障害のある人
自閉症
15%〜20%
80%〜85%
  
*  通常IQ80以上を「普通」のレベルというようです。
*  IQ80以下だと療育手帳が交付されるようです。 自閉症の発現率は500人に1人と言われている。
 

軽度
中度・重度
知的障害者
約80%以上
約20%以内

2、  自閉症者で知的な障害のない人の中には,アスペルガ−症候群と呼ばれたり,IQ110を超えている場合を高機能自閉症と呼んだりします(IQ70以上の人を高機能自閉症と呼ぶ人もいるので,このあたりの分類は非常に困難です)。知的な障害のない自閉症者の場合,知的な障害がないのだから,「精神上の障害により事理を弁識する能力」を問題にする余地はないのではないかという疑問を持つ人もいるかも知れません。

3、  しかし,自閉症の特徴は,人間関係の根幹を形成する道具であるコミュニケーションを成立させることが困難だということは自閉症を学習している人には当然の前提です。そしてまた自閉症者は,社会的なルールを理解しそれを応用することが苦手であるということも関係者には了解されています。

4、  日本自閉症協会理事の古屋道夫氏(実践成年後見NO1)によれば「財産管理だけでなく身上監護を含めて子どもの生活の保障に成年後見を活用できればとの期待を持つ親が多い」と成年後見制度への期待を求め,そして自閉症の法律問題として「自閉症の場合,契約締結上では,相手方との交渉が成立しないから,財産の管理・処分では適切な支援が必要である」「犯罪に巻き込まれたり,関係した場合,正しく主張できない人達を擁護しなければならない」と述べられています。

5、  つまり,自閉症者は知的な障害を持っていなくとも,社会と関わるという場面では,適切な支援が必要なのです(勿論,高機能自閉症者の中には学者もいれば研究者もいますし,文筆家や翻訳を仕事にする方もおりますが,社会との関わりの部分では苦労が絶えないようです)。だから,契約社会で生きていくためには,成年後見制度の利用(任意後見制度を含めて)が問題になります。

6、  古屋さんは,犯罪に巻き込まれた場合のことを述べていますが,実際,高機能自閉症児が殺人を犯した事件や,アスペルガ−症候群の成年が犯罪を起こした事案では,裁判所も弁護士も,精神障害者の観点から彼らの状態を見るような努力はしましたが,高機能自閉症・アスペルガ−症候群の特性から問題を把握しようとはしませんでした。その意味からも「正しく主張できない人達」(コミュニケーション障害・想像力の障害・注意の障害などが理由)への支援方法が問題になるという古屋さんの指摘は適切です。

7、  「発達障害の豊かな世界」(杉山著)には,「(自閉症の)特徴は,社会性の障害,言語・コミュニケーションの障害,想像力の障害とそれに基づく障害の3つ」「注意の障害の存在(50p)―ささいな音に過大に反応したり,大きな音を無視したりという現象」という記載がある。

8、  ですから,今回は自閉症児者の親の相談という形にして,鑑定の説明をすることにします。メインは鑑定の話ですよ。

第2、  相談者の方はお二人とも市役所の方から成年後見制度を利用するように指導されたということです。なぜ市役所の人間がそのような指導をすることになったのかというと,それは福祉の世界に契約制度が導入されたからだそうです。

1、  契約をする場合,行おうとする取引のことが理解できていないと,大変な損害を受けることになります。そこで,他人に騙されたとか,親族に騙されたとか,そのような契約をするつもりはなかったという理由で,契約の成立を否定しようとして裁判になったケースを以下では見てみます。その上で,何故成年後見制度を利用するのか,そしてどうして鑑定が必要なのかを考えます。

2、  日本の民法には,「精神上の障害により事理を弁識する能力」という言葉はありますが,どういう場合が「事理を弁識する能力」がない場合にあたるという規定はありません。その規定は実際の裁判の中で形成されています。

3、  ところで私は,この通信の至るところで,IQについて数字を挙げています。知的な障害をもつ人や自閉症の人と交流をもつ人は,正直な話西村がIQ,IQと記載する部分に疑問を持っている筈です。IQは知能指数にすぎないのですし,言語性のIQ,運動性のIQなどでIQ自体の数字も違ってきます。そもそも,発達障害はIQだけが基準ではないからです。

4、  では実際のところ,日本の裁判所では,知的な障害を持つ人が「精神上の障害により事理を弁識する能力」を有するか否かについて,どのように判断しているでしょうか。以下では,禁治産・準禁治産宣告(成年後見制度になる前の古い制度のときの呼び方ですから,成年後見制度のことと同じです)を求める場面と,すでになされた契約の有効性の有無に関わって意思能力の有無を判断する場面の二つに分けて,裁判事例をお教えします。

5、  結論からいえば,@すでになされてしまった契約の有効性の有無を,後になって吟味するという場面では,裁判所は,まず実際の取引内容と取引に関わった関係者をつぶさに観察します。つまり,知的障害者が取引の相手だとわかっていたのか,わかり得たのか,わかっていなかったのか,取引をする際の会話の進め方などを吟味して,契約を無効にするとどういう損害が生じるか,有効とするとどういう問題が生じるかという部分を吟味して結論を出します。その後につけたし程度にIQを記載するのが実際の裁判所の方法です。ですから,何らかの契約がなされてしまっていて,その契約の効力を後になって問題にする場合には,IQが前面にでることはないようです。

6、  他方,成年後見を申し立てる場面では,最初にまずIQありきのようです。つまり,意見書を書いた医者の意見や鑑定書にある医者の意見を参考にする際,IQの記載が非常に重要になっています。

7、  少し細かく専門的な議論です。しかし,地域生活をしている障害のある人が,例えばある支援者に預貯金通帳と印鑑を預けていたところ,その支援者が300万円を勝手に引き出したということで裁判になったような場合(この場合の裁判は,300万円の返還請求という民事裁判と,横領・詐欺という刑事裁判の二つが考えられます),どのように対処すべきかのヒントになります。
 
 8,  なお,知的な障害のある人が詐欺にあったり,サラ金などで借り入れをしている場合,個別個別の事情で回答や解決方法も変わってくるので,かならず信頼できる弁護士に相談してください。

後見・保佐の申立の場合

@ 「知能指数41,精神年齢6歳程度」「感情及び意志の障害を伴い全精神能力が低い」として禁治産宣告(昭和57年4月2日,大阪高裁)

A 「(脳膜炎のため)知能の発達が遅れた」「社会生活上必要な行為の性質を理解し,判断する精神能力に障害があるが,自分の利害得失につき基本的な理解・判断をすることは可能である」として心神耗弱者と認定した上で,禁治産(後見のこと)宣告をした(昭和47年3月22日・東京家裁)

B 「知能指数43,精神年齢6歳6ヶ月」の57歳の女性のケースであるが,「単に知能指数・精神年齢だけで判断されてはならない」「貯金の預け入れ・引出しを単独ですることができ,目的の場所へ徒歩で行く所要時間の感覚があり,食事の用意ができ,日常生活に支障のない漢字の識字ができ,交通機関も単独で利用できる。本人は支援者の協力により極めて安定した生活を送っており,将来に資産の処分など民法12条所定の行為をする可能性は極めてすくない」という鑑定意見を裁判所は認めて,一審の準禁治産宣告は事実誤認とした(大阪高裁平成8年10月18日)←つまり,後見・保佐の必要性はないと判断した。親族が財産を奪おうとした事案で,障害者に詳しい弁護士の意見を裁判所が認め,知的障害者の自己決定権を守ったものと評価できる。

*一般的には,重度(IQ35以下)であれば,被後見になってしまうという恐れがある。中度でもその恐れがある。
すでに行われた契約を,後日親族が「大変なことになった」と考えて裁判をした事案です。
@、 70歳の方が,パンフをみて建設会社に電話をしたところ,その建設会社の重役等3人がきて,3億8000万円の建築契約をさせられた。長男がすぐ断りの電話をいれたところ,契約書の記載されていた違約金7700万円を訴訟で請求された事案
   西山鑑定人は,
  「痴呆が進行し,記憶障害が顕著になり,自分の意見を持つことができず,無関心,無気力,自発性の低下が目立った。計算力の低下も見られ,IQは56程度であった(精神年齢7歳から10歳はIQ45から65前後に相当する)」
   「名前を書いてくださいと言われれば署名はでき,話の内容がマンションの建設であることも理解でき,署名押印したら約束は守らなければならないという知識もある」
   しかし,
   「自分の能力がいかに低下しているかを判断する能力にも欠けていた」
   「自分の行為が家族にとってどういう意味を持つかというような是非善悪の判断力も失われていた」。
   結論として
   「好々爺ではあるが,無気力・無頓着の目立つ痴呆状態にある」「規模が大きく,細部にも吟味を要するような財産上の法律行為に対しては,相対的に高い精神的能力を要求すれば,この場合は意思能力を欠く」と鑑定された。
A、 IQ66の方の不動産売買が有効とされた事案(5年後に禁治産宣告になる)
B、 精神年齢が6歳程度だが,契約有効とした事案(後禁治産宣告)
* 事案の説明は省くが,親族等が関与したケースでは,知的な障害のある人の売買なども有効になるようである(つまり,親族が利益をあげようとして取引をさせたが,後で不利になったから,本人は知的障害者だという理由で契約を無効にすることは,常識で考えてもおかしいよね。


  (民事精神鑑定と成年後見法・前田泰著・日本評論社・5,250円の記載を参照した。)

第3、 鑑定について
1、  本題に入りましょう。療育手帳を受ける際に鑑定をされていても,後見や保佐を申し立てた場合には,裁判所の指示によって鑑定は必要になります。これが回答です。

2、  法律を作った方の説明では,成年後見制度の趣旨は,自己決定権の保障と障害のある方の保護という二つの目的の調整にあります。だから,自己決定権があるのにそれを奪い去るような扱いはできないのです。自閉症の場合,療育手帳を出す際には,知的障害との兼ね合いであれば,ワンランクグレードをアップしてくれるところもありますよね。それは手帳の制度趣旨からすれば問題はないと思います。とりわけ軽度の場合,天国と地獄の差がでてきますからね。しかし,後見・保佐の場合,手帳の交付とは趣旨が違います。簡単にいえば,後見・保佐は能力を奪うための制度です。自己決定より保護が優先します。だから,とりわけ全面的に能力を奪ってしまう恐れのある後見の場合には,新たな鑑定は必要になります。

3、  ただ,岡田伸太氏(最高裁判所事務総局家庭局付)は,「植物状態であれば,事理弁識能力を欠く常況にあるとの経験則もほぼ確立している」から鑑定は不要という趣旨の説明をしています。そして,「近接した時期に,別事件で精神の状況についての鑑定が行われていて,それにより,本人の審判時の精神上の障害の有無や判断能力の程度が明かであるということができる場合なども,重ねて鑑定を実施する意味に乏しい」と述べられています。

4、  ですから,「近接した時期」をどのように理解するかで,鑑定が不要になることも生じますね。
    なお,最重度の知的な障害がある場合には,鑑定なしということも可能です。実際西村がそのような結果を得たことがあります。制度趣旨からもそのように説明できるからです。
    つまり,人間の生物学的要素を重視することが重要だと指摘し,例えば精神年齢4歳故に「自分の財産を管理・処分することができない」(そのような弁識能力がない)という点を指摘することは理論上不可能ではありません(この4の記載は,かなり専門的ですので,申立を希望する場合には主治医に相談してください)。

5、  被後見でも,スーパーで買物はできますし,自動販売機でコーヒーは買えます。そしてそれを後で無効な契約だとは言えません。誤解しないように。

6、 なお,裁判で鑑定という場合には,刑事の鑑定,民事の鑑定というのがありますが,これらは過去のある点における精神状態を問題にする鑑定です。他方,後見制度での鑑定は,現在の精神状態と今後の見込みを問題にするので,鑑定する内容などは違ってきます。

7、 そして後見制度の場合の鑑定では,知的な障害の程度,特徴,現在の状態(行動観察・心理検査),生育歴(3歳時検診,学業成績,職業上の問題)が問題になります。

第4、 東京の女子短大生殺傷事件と刑事事件について

1、  浅草事件を起こした山口君は自閉症とのことなので,刑事裁判の大枠をお知らせします。浅草事件のことがよくわかっているのは,弁護団の弁護士だけだと思います。私の説明はあくまで法律を知っている人間の説明というレベルにすぎません。御理解ください。

2、  本件での検察官は殺人の故意(殺意)を立証するのが目的だと思われますから,殺意があったか否かだけを主要な争点にするのと思います。ですから,検察官は起訴をする前に次のような証拠は吟味した筈です。
@ 刃物で斬られた・刺されたことが女子大生の致命傷になったという点
A 山口君がその刃物で女子大生を傷つけた点
B 山口君が当該行為をした当該本人である点
C 致命傷になった傷,その傷のつけ方などから,山口君には殺意がある点
D 事件当時山口君に責任能力があった点の5つです。

しかし,
E 彼の生立ち・教育の問題(自閉症が理解されていない)
F 支援がない状態にあったこと(前科の後も)
G 自閉症というコミュニケーション障害があったこと(調書という事件に関する書面が不適法に作成されたか否かという点では大きな問題ですが,検察官は特別の吟味はしていないと思います)
H 事件後も山口君が仕事を平然としていた点(殺人をしたのであれば通常は隠れるだろうと思うが,平然と仕事をしていたので判断能力・認識能力等に問題があると思われる)は,弁護側が問題にすることで始めて裁判所は「ああ,そういうこともあるの」と考える訳です。他にも問題点はもっとありますが,ここでは割愛します。

3、  刑事裁判では,検察が山口君の殺意を立証します。弁護側は殺意を否定するために,彼の障害の内容・程度・コミュニケーション障害の内容・負傷の状態などを主張します。そして調書は任意ではない,信用性もないとして調書を不同意にすると,検察は山口君が任意に発言した内容を記載したなどと反論をし,取り調べ警察官を証人申請します。弁護側はその警察官に取り調べの状況・質問に使った言葉・回答状況・取り調べ時間などを質問します(知的障害者の特性を裁判官にわからせるためにも,この尋問は非常に重要です)。つまり,殺意という点に向けて検察・弁護が闘いをします。まずはその限りで,様々な問題が議論されます。

4、  ある支援者から「支援を希望していない障害者もいる筈だ」「うっとおしい筈」「常に支援が必要だというのはおかしい」という批判を聞きました。しかし,知的な障害や自閉症という障害がある以上,支援・関わりは必須だと思います。ただ,押しつけはできませんし,支援の強制もできません。しなければならない,またやらなければならないことは,我々の側が「いつでも支援をしますよ。困ったらいつでも相談にのりますよ。24時間相談にのりますよ。費用も安価ですよ。ネットワークもありますよ。あなたは1人ではないですよ。」という安心コール体制を用意することです。軽度の知的障害者の場合,支援を拒むケースの方が多いでしょうし,親も「うちの子は大丈夫」と思って,支援を求めません。でも,それが山口君の事件を産んだ遠因だと思います。神戸の児童殺傷事件もそうです(神戸の児童殺傷事件は、加害者は高機能自閉症児といわれています。)

<成年後見通信・目次へ戻る>