【質問14】 私は熊本市に住んでいる鈴木一郎といいます。叔父の鈴木宗郎(すずきむねあき・仮名・63歳・夕張郡栗山町在住)は自閉症でかつ知的な障害もあり,栗山町にある施設でお世話になっています。この度事情があって,被後見を申立てたのですが,裁判所から連絡があって,「被後見は無理だから取り下げてください。被保佐か被補助でもう一度申立てをしなさい」といわれました。これはどういう意味ですか? 【質問14に対する回答】 家庭裁判所は,鈴木宗郎さんの「事理を弁識する能力」を,提出された診断書や,鑑定をした医師の意見や,面談をした家庭裁判所の調査官の意見から総合的に判断します。 そして,「事理を弁識する能力を欠く常況」ではないと判断をした場合,裁判所は被後見の判断をすることができません。 しかし,「事理を弁識する能力が著しく不十分」な者か「事理を弁識する能力が不十分」な者としてなら判断ができるという心証をもった場合には,質問1のように,申立ての取り下げと新たな申立てを依頼してきます。 つまり,裁判所は,被保佐か,被補助の申立なら認めるという趣旨だと思われます。これが回答です。 裁判所の判断が常に正しい訳ではありませんから,そのような場合は,成年後見制度や知的障害・自閉症のことに詳しい弁護士に相談してください。 【回答14についての説明】 12頁に次のような記載がありますね。 後 見 精神上の障害に因り事理を弁識する能力を欠く常況にある者(民法7条) 保 佐 精神上の障害に因り事理を弁識する能力が著しく不十分な者(民法11条) 補 助 精神上の障害に因り事理を弁識する能力が不十分な者(民法14条1項) 被後見か,被保佐か,被補助かは,裁判所が@精神上の障害に因り事理を弁識する能力を,A「欠く常況か」「著しく不十分か」「不十分か」を判断して決めます。 【申立ての流れ】 1、 鈴木一郎さんは,叔父の鈴木宗郎さんを被後見人にしたいということで,鈴木宗郎さんの住所地を管轄する岩見沢の家庭裁判所に,後見開始申立書(被後見申立ての書面のこと)を提出しました。 2、 後見開始申立書は,裁判所の受け付けに提出します。裁判所の受け付けは,印紙が貼ってあるか,必要な郵便切手が納付されたか,戸籍謄本・登記事項証明書・住民票(質問3参照)などが揃えてあるか,住所の記載がどうなっているか,など形式的な部分をみるだけです。書類に不備があれば受けつけませんが,不備がなければ受け付けます。 3、 しかし,裁判所の受け付けは,書類の形式を判断するところにすぎません。次にその書面を受け取った裁判官が,調査官に鈴木宗郎さんの状態を調査させます。調査官は,診断書や後見開始申立書の申立ての実情(どうして鈴木宗郎さんを被後見人にするのかという理由を記載する部分のこと)を読みます。さらに鈴木宗郎さんに面会に行き,鑑定を医者に依頼します。 4、 それらの記載や調査の結果などから,調査官は鈴木宗郎さんの「事理を弁識する能力」がどうなのかを考えます。その結果,「不十分という程度」じゃないかとか,「著しく不十分な程度」にすぎないと判断した場合には,質問のような判断を裁判所として行ってきます。 【申立てをする際に考えるべきこと】 1、 質問をよく読むと,「事情があって」という言葉があります。どのような申立であれ事情がある筈です。ですから,鈴木さんの場合,どのような事情があるのか,とりわけ,被後見の申立てをするのであれば,そこをしっかり検討してください。その上で,後見開始申立書を作成します。医師の診断書も事情を説明して,申立の実情を踏まえて作成してもらいます。少し実践的になりますが,そのあたりを詳しくお教えします(事情というのは,@遺産相続をしたいからとか,A不動産を今売却したいからとか,B親の健康が優れないので,施設に後見人を御願いしたい−親亡きあとの問題とか,C施設内での虐待や放置から守ってあげたいから,などいろいろです。)。 2、 まず,鈴木宗郎さんについて詳しく説明しますね。彼は,知的障害のある方で,24歳のときから施設で生活をしてきています。施設を変ったこともありません。自閉症という障害があり,コミュニケーションの取り方は工夫がないとダメで,施設側でも非常に対応に困ってきた経緯がありますが,最近ティ―チプログラムを取り入れたことで,鈴木宗郎さんがスムーズに行動ができるようになってきました。ところで最近は痴呆症状も若干ですが生じています。鈴木宗郎さんとの意思疎通はティ−チプログラムでとれるようになっていた筈ですが,最近はまた違ってきました。それが痴呆のせいなのか,それともティーチでは限界があるためなのか,職員サイドは悩んでいます。施設ではいくつもの作業班がありますが,55歳をすぎたころからは,それまで慣れ親しんでいた作業班を止め,軽易な作業に変わっています。お父さん,お母さんは既に他界しており,甥(4親等の関係)が九州の熊本市で生活していますが,それ以外には親族はいません。鈴木宗郎さんの健康面は今のところ,問題はないように見えますが,医療的なケアが必要になった場合には,施設をでて,特別養護老人ホームに入ることも検討しなければなりません。特別養護老人ホームに移った場合,鈴木宗郎さんの身上看護などについては,今までの施設の方が事情を知っているので,問題点を把握できます。熊本の甥の方はほとんど音信はなく,勿論施設に来たこともありません。年賀の交換もありません。そのような将来のことを慮って,施設側から熊本の甥の方が健在の間に手続きをお願いした,というのが鈴木一郎さんが申立に踏み切った事情です(この話は実話ではありませんので,予め御了解を)。 3、 実際古い施設ですと,利用者の平均年齢が55歳なんていう施設はざらです。何故なら,入所施設の場合,その施設をでて地域生活を送っていくということはあまり進められてこなかったからです。それ故,施設における知的障害者の高齢化が問題になっています。高齢者の場合医学的な治療行為も必要になるでしょう。そしてその場合,施設では対応できない恐れも多々生じます。そのような場合,施設から特別養護老人ホームへの措置変え,移動が必要になり得ます。しかし,残念なことに,特別養護老人ホームは知的障害者や自閉症に対する知識はほとんどありません。ですから,高齢者に対する対応はできても,その人が自閉症であっても自閉症に対する適切な対応が必要だということはわかりません。こういう問題もあります。 4、 さて,ここからが重要なアドバイスになります。 @、 西村の経験では,裁判所は知的障害や自閉症については,理解はさほどありません。裁判官は法律の専門家ですが,福祉の専門ではありません。調査官という人は法律の専門家ではなく,大学などで心理学等を学ばれた人ですが,しかし,知的障害や自閉症については学習していないのが普通です(福祉系の専門学校でも,自閉症者との対応の仕方などは学習されていないのが実際です。西村は自閉症の親の意見交換メールなどに参加していますが,読むたびに新たな事実を知り,自分の理解が狭いことを学習します)。 A、 従って,裁判所は法律の専門集団ですから,法律のことはお任せでいいのですが,知的障害や自閉症については,お任せではいけません。知的な障害のためどのような問題があるのか,自閉症という障害のためどのような問題があるのか,痴呆の進行のためどのような問題があるのか,つまり,どのような問題があるのかについては,申立をする人がしっかり事実を吟味するべきです。言いかえると,何が問題なのかを福祉の専門家,家族の者として,視点をしっかり持って,書面を作成しなければなりません。 御願いではないのです。判ってもらうのです。説得するのです。「裁判官さん,調査官さん,鈴木宗郎さんの障害はこれこれしかじかだけど(ここまでは一般の教科書に書いているような説明をする。つまり,IQは**で△▲養護学校卒業,自閉症の程度はDSM−Wでは**,痴呆は長谷川式のテストによれば**と書く),施設はそのような鈴木宗郎さんの行動などを理解するために,これこれしかじかの対応を取ってきました。最近これこれしかじかの問題(奇声・自傷・他傷・利用者からのゆすり・保護者からのゆすり・親族からの金銭強要・病院への通院の必要性・治療の必要性と専門性など)が発生し,職員サイドは対応が出来ません。そこで,被後見人を選任してこれこれしかじかの対応を考えました(後見人の仕事は財産管理と身上監督の2つがあるので,ポイントを絞ります)。これ以外に現状に対応する方策は在りません」(鈴木宗郎さんの抱えている問題や,周囲の問題,今後起こりうる問題を具体的に記載し,調査官や裁判官の経験では対応できない事実を明らかにする)と記載します。 どのような事実を示すかは,申立ての書面を作成する人の腕にかかってきます(弁護士は書面作成の専門家ですが,障害者の問題状況については素人ですから,職員と弁護士と診断書を書いてくれる医者の二人三脚?でいくしかありません。) B、 被後見の条件は,下の枠の通りです。 痴呆,知的障害,自閉症,精神分裂病,遷延性植物状態等 事理を弁識する能力 意思能力のこと。 意思能力とは自分の行為の結果を判断することのできる精神的能力(NO1,7頁) 簡単にいえば,法律行為が利益になるか不利益かを理解する能力 つまり,鈴木宗郎さんの場合,知的障害があり,自閉があり,痴呆なのですから,鈴木宗郎さんに「精神上の障害」があるのはわかります。 問題は,事理を弁識する能力=意思能力=自分の行う行為・行動によって,どのような結果が生じるのか,どのような責任を負担することになるのか,理解できる力があるのかないのかを示すことです。 先ほどAの部分で「これこれしかじか。これしかない」と書くように説明しましたが,「常時,自分の行っている行動がもたらす結果について,鈴木宗郎さんは全然理解できない」と説明することです。 裁判所に申立てるとはお願いすることではありません。成年後見制度の趣旨は,知的障害者の残された能力を踏まえ,その自己実現を可能にすると共に,知的障害者故に被害者や犠牲者になる場面があるので,その範囲で保護をしようというものです(自己決定権の尊重と保護)。 鈴木宗郎さんの自己実現を図るため,もしくは彼の権利を守るため,被後見という制度を彼に利用するのが1番なのだ,それが彼の権利なのだと主張することです。ここを間違われているとおかしなことになります(だからこそ,安易に被後見を申立てることは賛成できません)。 C、 鈴木宗郎さんはどのような問題に直面するのか,鈴木宗郎さんは,その直面する問題に自分の責任で対応できるのか?そこを詳細に記載することです。鈴木さんのいる施設ではティーチという方法で意思疎通を容易にしていますが,痴呆との関係でどうなのかも記載する必要があるかも知れません。 【後見と保佐と補助の相違】 1、 保佐,補助になると,鈴木宗郎さんが単独で何ができるか,保佐人,補助人にはどういう代理権があるのか,などについては次回以降記載します。しかし,後見とはかなり大きく違う扱いになります。 2、 ですから,どういう制度を利用するべきかは,目的をしっかり吟味してください。そして裁判所に提出する書面はしっかりしたものを作成してください。裁判所に御願いするのではなく,権利を行使するのだという意識で御願いしますね。 3、 私自身は,以前知的障害の程度は軽度で,痴呆も軽度の方を,諸般の事情から被後見で申立をした事情があります。大事なことは申立の事情だと思います。そもそも,知的障害の程度が軽度だとしても,この成年後見通信をこのままで理解することは不可能なのです。不動産の売買契約にしても,サラ金との金銭消費貸借契約も,理解することは困難です(それらの契約書にルビなどふっていないから,自分で読むことができないでしょうし,言葉が難解です)。他方,知的な障害が重度であっても,社会生活の中で様々なことは可能になります。適切な支援があれば,かなり重度でもせいぜい「被補助」でもいいといえる筈です。ですから,重いから「被後見」,軽いから「被補助」というのは,制度趣旨を理解しない杓子定規な判断だといえます。そこで,申立の際には,理解のある弁護士に相談をした上,手続を進めてください。 【成年後見制度の後見の意義を再度確認しよう】 1、 西村としては,成年後見制度はその制度趣旨から運用されるべきであると考えます。ですから,自己決定権の尊重,残存能力の利用,そして社会生活を送る上での狼から障害者を保護すること,の三点を吟味すべきだと思います。 2、 ところが,現在の裁判所の判断は残念なことにIQのみに非常に偏っているように思えます。IQが低ければそれだけで被後見人にするような流れですし,逆にIQが高ければ(軽度)被後見は駄目だと言うような印象をうけます。仮にそうだとしたら,間違っていると私は思います。 3、 知的障害の判断基準はIQだけではありません。『介護保険事典』によれば,「日常生活能力」も加味されるとあります。施設入所の際の書面を見れば,様々な角度からその障害者の能力・機能が判断されています。また,札幌市が療育手帳(各種の援助措置を受け易くするため,知的障害者・児に対し,児童相談所・知的障害者更生相談所が知的障害と判断した者に交付される)を交付する際には,障害の程度によってA,B等と区別しますが,その際「障害の程度はIQ値に基づき評価されますが,適応行動上の障害等を勘案するため,IQ値のみの限定されない総合的な判定により評価し,認定されます」(実用・リハビリテーションハンドブック平成11年版29頁)という形で認定しています。「適用行動上の障害等」という言葉からわかるように,知的障害の理解は,その場面,場面によって,知的障害という言葉のもつ射程距離・範囲・内容は微妙に異なってくるのです.。IQのテストが百歩譲って客観的なものだとしても,知的な障害のある方の障害の程度などを判断することは,判定をする人の解釈という部分に依拠するのです。実際,非常に幅があります。 4、 成年後見制度は民法の中に置かれた規定です。すでに述べたようにかつては,『心神喪失』か『心神耗弱』かが判断基準でした。それが平成12年4月からは,『精神上の障害に因り事理を弁識する能力を欠く常況にある者』という言葉に変りました。この言葉が何を意味しているかですが,一義的に決まっているものではなく,民法という法律の解釈によって決まるのです。解釈は裁判官が行うのですが,裁判官は市民の良識・常識を踏まえて法的な判断をします。成年後見制度はどうして必要なのか,という市民の了解が前提になる筈です。ですから,医者が鑑定書で「事理弁識能力がない」と判断をしても,裁判官はそれを参考にはするでしょうが,それに拘束はされない筈なのです(刑事の責任能力の判断では,最近は医者の判断を無視することが数多くあります)。つまり,医者の判断(鑑定)は軽視はされませんが,医者の判断(鑑定)はあくまで医者がその専門領域から判断したものにすぎません。その当該知的障害者が年齢を重ねる中で獲得したものや,失ったもの,療育・教育の中で発生した二次的障害や,他人との関係性,社会生活をする上での問題を踏まえた判断を,裁判官はするべきなのです。『事理を弁識する能力を欠く常況にある』か否かは,法的な判断だという点を強く意識して欲しいと思います。 5、 ですから,福祉関係者の皆様は,成年後見制度の利用に際しては,そのあたりを理解され,利用者の権利擁護の観点から,成年後見制度を御利用願います。 【ある刑事事件の説明と,成年後見の関係について】 1、 季刊刑事弁護という雑誌に,紋別在住の女性弁護士(松本弁護士)が扱っている事件の報告が載っています。暗い中,下り坂を時速30キロのスピードで自転車を走らせていた青年が,歩いていた青年(大学生)に衝突し,歩いていた青年が死亡したという事件です。自転車に乗っていた青年が,知的障害者であり,かつ,自閉症という障害があります。この記事そのものは刑事事件の説明ですが,成年後見との関係で,少し考えてみます。なお,この成年後見通信は,道北の施設,道東の施設にも配布されているので,この刑事事件のことを詳しく知っている方もおられると思いますが,私は記事のみを材料にして説明をします。 2、 事件を起こした青年をA青年と呼びます。A青年に関する記述を読むと,知的な障害に関しては,小学生の低学年程度の精神年齢という記載があります。他方,事故後の行動はきちんとできていますし,なにより書店に本を注文し,書店からの電話を受け,書店に本を取りに行ったという行動をしていることからすれば,社会生活能力は高い人のようです。A青年の自閉症の特性については,特別の記載はありません。 3、 この事件は重過失致死罪として起訴されています。起訴は検事がします。検事はA青年の過失は通常の過失に比べて注意義務違反が著しいと考えました。検事は,人通りのまったくない,しかも街灯もない真っ暗な夜道なのだから,スピードを落として注意して自転車を進行させる義務があるし,そうすれば被害者に衝突して被害者を死亡させることなどない筈だ。誰もがそうする筈だと考えたのでしょう。A青年は自分のしている行為がいかに危険な行為が容易に知りえた筈だ。危険を回避できた筈だ。きっと,検事さんは右のように考えて,A青年の過失(注意義務違反)の程度は,普通の過失ではない,とても重い過失だと考え起訴したようです(ここの記述は西村の想像です)。 4、 この事故を起こしたA青年の場合,遺族の方はA青年に対し民事損害賠償を起こすことができます(A青年が「被後見人」,「被保佐人」となっていると,民事損害賠償の際,誰が被告になるかを理解しておく必要があります。後日民事裁判の説明をします)が,今松本弁護士が国選弁護士としてして関わっているのは刑事弁護です。刑事事件では,検察が犯罪があったことを明らかにします(検察は被告人の有罪を証明するのが仕事です)。それに対して弁護士は被告人(本件ではA青年)の視点で事件を考察します(被告人の視点という言い方は誤解を生むかもしれませんが,弁護人の誠実義務という観点からすれば,私は証拠や事実関係の吟味を被告人の視点から考察するのが刑事弁護士の義務だと思っています。)。 5、 この事件をA青年の視点からみる場合,A青年が持っている障害という窓からみて,事故が発生するまでの状態をどのように説明できるかが,とても重要になるように思えます。ここの部分で,A青年の障害を正確に把握することが重要になります。 6、 ところで,刑事事件での過失と民事事件での過失は,同じ意味ではありません。ですから,刑事事件で過失がないとされても,民事事件では過失があるとなることもあります。交通事故の場合,加害者は業務上過失致傷などで起訴されますが,事故状況によっては不起訴になります。その際,「運転手に過失はない」と警察官が説明することがあります。しかし,その事故で負傷した人が運転手や運転手の会社に損害賠償を起こすと,運転手に過失が認定されることがあります。「警官からあなたには過失はない」といわれたと威張っている加害者がいますが,民事事件では過失があるとなることは多々ありますので,被害者の方は必ず弁護士に相談してください。 7、 それでは,仮にA青年が成年後見制度(ここでは,A青年が被後見人だった場合を考えます)を利用していたとしたら,刑事裁判になんらかの影響があるかを考えてみます。 8、 まず,A青年は精神年齢が小学校低学年レベルだそうです。仮に本件事故前に親の死亡などがあり遺産相続の必要性が生じていたとしたら,親族がA青年を「被後見人」にするということもありえる程度の精神年齢です(A青年の御両親は健在ですし,遺産相続などの問題はないようです)。精神年齢が低学年だということは,言葉の一般的な理解からすれば,A青年の精神年齢は1年生(7歳〜8歳)か2年生(8歳〜9歳)の程度だと理解できます。そして,民法の解釈では,意思能力とは6歳〜8歳程度の精神年齢をいうというのが近時の理解です。ですから,A青年は実際には「被後見人」となってはいませんが,このように数字だけを操作すると,意思無能力だということも不可能ではありませんし,意思無能力の常態だということもいえない訳ではありません。しかし,このようなIQだけでA青年を論じるのは大変な間違いです。 9、 他方,刑事事件では事件当時の責任能力(刑事法)が問題になります。刑法39条は「心神喪失の行為は罰しない」「心神耗弱者の行為はその刑を軽減する」と記載されており,一般には責任能力のいう言葉で説明されています。 10、 仮にAさんが被後見人だとすると,民事的には「心神喪失状態」(平成12年4月までの法律では,禁治産者の対象者は心神喪失者です)となりますね。そしてなんと刑法39条の言葉と同じ言葉です(2年前の法律の言葉とね)。言葉は同じですが,しかし,成年後見制度で「被後見人」となっている人が,刑事上も責任無能力といえるかといえば,それは別問題になります。民事と刑事では制度趣旨が異なるからです。ということで,成年後見でいうところの被後見人だからと言って,刑事責任を負わないということにはならない訳です。しかし,民事上意思能力があるという場合でも,刑事責任を論じる場合には,当該の事案を前提に問題にするので,刑事責任を負担しない場合も生じます。なお,刑事責任という意味でいえば,IQ35以下(重度の知的障害)ですと,一般に検察は起訴をしないようです。つまり,責任無能力者だと判断するようです。 11、 この下手な説明でいいたいことは,@検察にしろ,裁判官にしろ,IQだけを基準にする姿勢は問題なんだということを皆さんに理解してもらいたいこと,A民事と刑事では同じ言葉を用いていても,その射程範囲は異なることがあるということ。それだから,仮にA青年が被後見人であっても刑事責任を負うことがある反面,A青年の障害から生じるA青年独自の問題・適応行動上の問題・認知の問題などから,刑事責任を負わせられないということも可能な筈だということです。 【読者の皆さん質問に対する回答】 Q,契約自由というご説明ですが,公正証書を作成したとき,「養育費は月6万円とする。なお,夫の給料が30万円を超えたときは,月10万円とする」という内容で御願いしたら,そういう仮定的な内容は駄目だといわれました。契約自由ではないのではないですか? A,契約自由というのは,どのような内容の取り決めでも原則としては当事者が作れるということを言います。しかし,公序良俗の取り決め(援助交際契約や,ゴルゴ13に殺人を依頼する契約等)は許されません。また労働契約であれば,労働基準法に違反する契約は違反する限りで効力は否定されます。 それから,約束違反の場合には強制執行をしますというような内容の場合,いつ30万円の給料になったのか,新たに調査しなければ分からない訳ですから,そのような取り決めをしても強制執行は出来ません。つまり,そのような書面の記載から何をすればよいか一義的に理解できない記載の場合,国家は強制執行ができないのです。 ですから,そういう国家が強制執行を担うような書面では,書面上から意味が一義的に理解できないような内容は入れられないのです。 契約の中味は基本的には皆さんの自由ですが,国家が皆さんの勝手気侭な合意内容に関して,その履行に協力するかどうかは別問題です。 あなたが中立的立場で,その契約内容の履行に協力する立場になったと仮定してご覧なさい。一読して,どのような履行を強制すべきかが分かる文書の方がいいでしょ。 Q,契約書には印紙を貼らなくていいのですか? A,結論 今回の契約書には印紙は不要です。 @ 印紙税は文書に課税される税金です。そこで,契約書や領収書といった文書を作成する場合,その金額に応じて印紙を貼ることになります。念書というネーミングでも,その文書の内容が契約であれば,印紙税の対象になります。つまり,ネーミングを操作して印紙税を逃れることは出来ません。 A しかし,どのような契約書であっても,必ず印紙を貼らなければならないものではありません。印紙税法別表第1の課税物件表に掲げられている契約等が,その対象です。 B 今回作成した契約は,西村の作成した書面(書類)を,皆様が購入するという契約です。本にはなっていませんが,すべてを揃えてしまえば本になりますよね。喩えて言えば,皆さんは本を購入した(ばらばらいになった本だと思ってください)ことになりますね。これは物品売買契約といいます。そして物品売買契約書には印紙を貼る必要はありません。平成元年に改正され,このようになりました。ですから,契約書には印紙は不要なのです。 C 今回の契約が仮に請負契約だとすると,1万円未満(1円〜9,999円)の契約の場合は印紙は不要ですが,1万円以上になると印紙が200円になります。請負とは,例えば,皆さんが私に講演を依頼すること等をいいます。 D 仮に9,800円の契約で,消費税が490円という契約の場合,合計で10,290円になりますね。この場合,消費税が490円,請負代金が9,800円と明示をすると印紙は不要になりますが,単純に10,290円(消費税込み)としただけだと,200円の印紙が必要になります。 E 今回は,私が皆さんに「私の作った資料を買わないか」と私の作品の購入を持ちかけ,皆様が「いいよ」ということで合意ができたので,請負とはいいません。私とあなたとの契約は物品の売買契約です。 F それから,契約書には,5,250円を領収した,10,500円を領収したという記載があります。本来はこのような記載を契約書にしない方がいいのですが,便宜上いれました。このような場合,まずこの文書はどういう文書なのかを考える必要がありますが,通常文書の理解は外観で判断することになっているので,今回の書面は領収した事実と売買契約が成立したという合意が一つの紙に記載されていますが,契約書と理解すべきものです(これは解釈という手法を用いるので,正確な判断を知りたければ,この契約書を税務署に持ちこんでください)。 G なお,仮にこの契約書を領収書と考えた場合には次のようになります。3万円未満の金員の領収については印紙は不要ですが,3万円以上の場合には印紙は必要になります。ですから,今回の書面を領収書と考えても印紙は不要です。それから印紙は常に200円ではなく,金額が上がっていくと貼る印紙も高額になっていきます。100万円以下(3万円〜100万円)の場合が200円です。「売上代金」が印紙税の対象になり,10,500円は「売上代金」ですから印紙税の対象になるのです。なお,宿泊料,出演料なども「売上代金」になります。 H ただ弁護士の場合は,「営業に関しないもの」という条文の規定によって,受取金額が3万円以上であっても印紙は貼りません。今後皆さんが西村に何か事件を依頼しても西村は印紙を貼りませんが,それは貼らなくてもいいという規定があるからです。皆さんが3万円以上の金員を受け取る場合は,基本的には印紙を貼ることになります。なお「営業」とは「利益を得ることを目的として,同種の行為を継続反復すること」だと考えてください。だから,皆さんが手持ちの車を50万円で売却しても,継続反復しておこなっている訳ではないので,領収書に印紙は不要だということになります。勿論,賃金(普通賃金は3万円以上だよね。作業所は違うけどね)を貰った場合も印紙は貼りません。 Q,本人は特別老人ホームに入所しています。施設の職員が後見制度の書類を裁判所に取りに行きたいのですが,その際,本人から委任状をもらうのでしょうか? A, まず,家庭裁判所は裁判所(司法機関)というサービス機関です。後見の書式は,裁判所に取りに行ってもいいし,ファックスでも送ってくれます。この場合,市役所の戸籍課のように戸籍謄本1通***円という費用も徴収しません。あなたが「後見の書式をください」と言えば,無料でくれます。 委任状というのは委任したい人がその内容を自由に決めます。何を委任するかは当事者の自由です。 しかし,皆さんはいちいち委任状がないと他人の頼みを聞いてあげないという訳ではないでしょう。代理権という,自分の権利・義務に関わる権利行使を他人に依存する場合には,委任状を作成した方があとの紛争を避ける意味で大事ですが,家庭裁判所が無償で頒布している資料(例えば後見の書式)を貰うのに委任状は必要ありません。 この質問は行政関係者からの質問だったのですが,どうも,行政関係者はなんでもかんでも書面を作っておけば,紛争は未然に防止されると思っているようですね。 どういう目的で委任状を作成するのか,その書面を作成したことでどういう義務を負担するのか(例えば6月1日までに後見の申し出を家庭裁判所にすることになっていて,その日取りから遡って,書類の提出時期から換算して,ある日までに書面を取寄せていない場合,委任状を貰った人が責任追及されるという記載があるのであれば,委任状を作成した意味はあるかも知れませんね) Q,身寄りはある高齢者ですが,親族は関りを拒んでいます。年金の出し入れなどで,後見制度を利用したいのですが,このように親族がいる場合でも,市町村長が申立をしてもいいのですか? A,申立をすることができる人は,25頁に記載しています。そこには第1順位,第2順位,第3順位とはないでしょ。申立をすることがその高齢者のためになるという判断があれば,市町村長は親族に許可を得なくともできます。なお,その際の費用について争いがありますが、高齢者に費用償還できるようです。法律概念としては,そのような費用を支出する場合は事務管理といいます。ですから理論上は民法の事務管理の規定に基づいて費用返還ができます。しかし,東京家裁の見解では非訟事件手続法第28条の手続によって,家裁に対し費用を本人に負担させるという裁判を求めるのだ(支払い命令といいます),ということです(措置から契約へ,すてっぷブックレット3・101頁以下)。 |