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【質問8】
 私は後見人に選任されました。後見人の権利を教えてください。

【質問8に対する回答】

 「後見人」とは,後見開始の審判を受けた本人(この人のことを成年被後見人)の保護を任務として,家庭裁判所から選任された人をいいます(民法8条)。

 後見人の権利としては以下のような内容になります。

@包括的な財産管理の権利
民法859条第1項

1、 被後見人は判断能力を欠く常況にある者ですから,自分1人では自分の財産に関する法律行為を適切に行うことは出来ません。そこで,後見人は,本人の「財産に関する法律行為」全般について包括的な代理権を有し,その財産を管理する権限を有します。
2、  財産に関する法律行為とは,預貯金の管理・払戻し,重要な財産の処分(売買,賃貸契約の締結・解除,担保権の設定などがあります)の他,生活や療養看護(これを身上看護といいます)を目的とする法律行為(施設入所契約,施設通所契約,医療契約の締結など)も含まれます。これらの関係する登記・供託の申請・要介護認定の申請なども含まれます。
3、 遺言・身分行為(婚姻,認知,嫡出否認など)は含まれません。(法律では一身専属的な行為だからと説明されている)
A代理権
1、 代理権というのは,本人に代わって意思表示(契約行為)を行い,その意思表示(契約行為)の効果を,意思表示(契約行為)をした人(この人を代理人といい,後見人も代理人です)ではなく,本人(被後見人のこと)が負担するという制度です。
2、 「日用品の購入その他日常生活に関する行為」は被後見人になっても,被後見人自身が単独で出来ますが,本人の生活を維持するためには成年後見人が代理して行う必要もあるので,代理権の対象から除外されていません。食料品の購入,衣料品の購入,電気代など支払,それらの経費の支払に必要な範囲の預貯金の引き出しなども,本人を代理できます。
3、 訴訟行為について代理権があります。ですから,裁判を提起するとか,相手から起こされた裁判を追行するか,後見人は代理人としてできます。

B取消権
1、 民法9条→「成年被後見人の法律行為は之を取消すことを得。但し日用品の購入その他日常生活に関する行為はこの限りにあらず」(どうしてこんなに理解し難い表現なんでしょうね)
2、 被後見人の法律行為を,後見人が取消す,つまり,なかったことにすることです。
3、 民法96条は詐欺にあった場合,取消ができるという規定ですが,詐欺に遭わない場合でも民法9条で取消しができます。
 
C後見開始の審判の取消
1、 民法10条に規定があります。 
2、 知的障害者関係者が覚えておく必要はありません。
D精神保健福祉法の保護者となる
1、 精神保健福祉法20条の「保護者」となります。


【回答8についての解説】

【後見人の権利】

1、 今回は後見人の権利という言葉を用います。本などを見ると,後見人の職務という表題で後見人の権利と義務を説明したり,後見人の権限という表題で後見人の権利と義務を説明するものもあります。

2、 権利,義務,権限,職務,そういう言葉自体には拘泥しないでください。そういう言葉の違いを覚えるよりも,後見人は何故存在するのか,後見人が仕事をしないと誰が困るのか,困らないのか,そのあたりをよく理解してください。そのあたりが理解できると,権利とか義務とか権限とか職務とかいう言葉で伝えようとしていることもわかると思います。

【何故,成年後見制度を利用すると,後見人が選任されるのか―選任される理由,その必要性は?】

1、 被後見人の対象は,一般的な理解では、最重度の知的障害者(IQ19以下)・重度の知的障害者(IQ20〜34),そして事情によっては中度の知的障害者(IQ35〜49)となります。
   IQ50というのはおおよそ8歳程度の知的能力をいうと本に書いてあります。IQというモノサシで,その人を計ることが妥当だとは思わないのでですが,家庭裁判所で仕事をする裁判官や調査官はまずIQというモノサシを対象者にあてて,それでその人が被後見人が妥当か,被保佐人が妥当か,被補助人が妥当か,それともどれにも該当しないかを考えます。

2、 重度の知的障害者が一人で札幌の丸井デパートに入り,家具売り場に行き100万円の高級家具を購入したいと店員に申し込んだとしましょう。店員さんは即座に「お連れの方はどこかしら」と保護者を探すか,「ちょっと待ってね」と言って売り場責任者に連絡をいれて警備(警察)を呼ぶでしょう。それで話は終わってしまいます。
   店員さんが商品の説明をして,クレジット契約書にサインをするように促すことはしない筈です。だから,重度の知的障害者の場合,後見制度を利用してわざわざ被後見人にならなくても,市民社会の方が警戒をしてくれて,それで日々の生活が支障なく流れて行きます。だから,特段成年後見制度は必要ないのです。そして,殆ど多くの重度の知的障害者は施設か親と同居しているので,生活を送る上で困ることもありません。

3、 しかし,日本の社会にはそのような障害者をだます詐欺師もいます。家庭に上がりこんで,100万円の印鑑や玉(家庭円満,金運向上)を買わせ,クレジット契約書に名前を書かせ,印鑑を押させることは多々あります。重度の知的障害者が自ら通信で結婚相談所に100万円を払うから相手を紹介してくれと申し込み(最近はパソコン等申し込みも便利ですよね)をするかも知れません。統一協会の「野の花の会」のメンバーや統一協会の壷販売員がきて,250万円の寄付をさせるかも知れません(結婚をちらつかせるかもしれません)。

4、 こういう多額の支払いをしなければならないことに巻き込まれることを経験した人もいるでしょう。しかし,このような場合,成年後見制度は必要ありません。民法が規定する「無効」「取り消し」という制度を利用すれば,それで解決してしまいます。IQ49以下だということは医者の資料(施設に入所以前に児童相談所か更生相談所でIQを調べていますね)で明らかだから,契約無効を主張することができるからです(手帳も所持しているでしょうし)。
   でも,相談窓口の消費者センターも忙しいし,社会福祉協議会の相談員では頼りないし,そうかと言って弁護士の敷居は高いし,更に弁護士さんへの支払い(着手金,報酬金)も20万円,30万円と高いし,困ってしまいますね。民法の規定で解決できると言っても,それなりの手続きを踏んで解決する必要はあり,その課程で弁護士を使えば20万円,30万円はすぐかかります。
5、 そこでそのような障害者の場合予め被後見人にしておけば,このような場合,少しは役に立つでしょうか。
   確かに少しは役に立つかも知れません。例えば被後見人の証明書など玄関先にでも表示しておけば,詐欺師もはじめから詐欺をしないかも知れません。その程度の効用はあるかも知れません。
   しかし,そういう書面を玄関に貼る家はない筈です。
   玄関には貼らないけど,そういう詐欺や被害にあったとき,証明書を東京法務局から郵便で取り寄せて,その書面を業者に発送することで一件落着するかも知れません。その程度の効用はあるかも知れません(業者が証明書の送付を受け,「ああ,そうですか。この方は常時意思能力のない方ですか。この署名や押印は無効ですか。わかりました」と応対してくれればいいですね。)。

6、 こう書いてくると,【どうして後見人が選任されるか。どうして後見人が必要なのか】の説明ができなくなってきます。

7、 今のところ,相続をしなければならなくなったとき(印鑑登録証明書の発行をして貰えれば問題はないのですが,最重度の知的障害者だと印鑑登録証明書の発行は困難です。困難だというだけで無理かどうかはわかりません。役所の人間でも無責任な人はいますからね。基本的には実印は作れない筈です―実印とは印鑑登録をしている印鑑のことです。)とか,最重度や重度の知的障害者が交通事故に遭遇し,保険会社と示談交渉ができない状況にあるとか,親が不幸にもなくなり,最重度や重度の知的障害者一人が相続人になった場合などの場面で,有効な意思表示をすることができる人が存在しないため,手続きが進めないことになり,その結果最重度や重度の知的障害者に支障が生じるので,後見人の選任が必要だという説明ができると思います。これらの場合,後見人が必要です。

8、 後見人は,被後見人の利益のために仕事をするよう選任された人です。だから,被後見人の利益が確保されるように交渉しなければなりません。そもそも,被後見人は交渉したくとも,交渉のテーブルにつかせてもらえない人なのです。後見人の選任が必要なのは,仮に本人に意思があっても,社会はその本人の意思を有効にするシステムを採用しないので,後見人が代わりに意思を表明する必要があるのです。

【後見人の権利―代理権】

1、 例えば,父親が死亡し,母親,長女,長男,次男(最重度の知的障害)が相続人になったケースを考えます。遺言がない場合,遺産分割協議書を作成する必要がありますが,次男のIQは19以下ですから,このままでは遺産分割協議書は作成できません。遺産分割協議書は各相続人の意思が表示された書面ですが,最重度の知的障害者の意思は有効な意思とは認められないので,いつまでたっても遺産分割協議書は有効な書面になりません。そこで,まず遺産分割を行う目的で,後見の申立をします。母親,長女,長男の誰かが申立をするのが普通でしょうが,叔父,叔母でもできます。その手続きにしたがって,後見人が選任されます。その選任された後見人は,次男の利益になるように次男に代わって意思を表明することになります。これが代理権という権利の行使です。次男に代わって,後見人が意思を表示することを民法が認めています。

2、 普通は次男後見人****(例えば,山本五十六後見人西村武彦と記載します―山本五十六が被後見人で,西村武彦が後見人という意味です)と署名します。このような記載(署名)があると,****という後見人が意思を適正に表示しているので,その効果は次男に及びます。つまり,次男が意思を表明した訳ではないのですが,後見人の****さんが後見人として意思表示(意思表示とは,遺産分割協議書の中で,次男は100万円を相続するとか,次男は東京都千代田区一丁目一番地の100坪の土地の所有権を相続するとか,次男は父親名義のあさひ銀行札幌支店の口座番号129238の定額預金1000万円を相続するとか,記載することです)すると,それを次男が引受けることになります(代理人と次男は別の人間ですから,代理人の意思=次男の意思ではありません)。だから,後見人の****さんは,次男の利益を考えて意思を表示しなければなりません。代理権は権利ですが,その行使については一定の義務(被後見人である次男に損害が生じないようにする義務)がありことになります。

3、 後見人の代理権には制限がありません。何故なら,被後見人の意思表示は社会の中では相手にされないからです。施設や親は被後見人の意思を尊重するでしょうが,取引社会一般は相手にしません。だから,後見人はすべての部分で代理権を持つと理解してください。但し,被後見人に代理して,被後見人がある女性と入籍をするというようなことはできません。また被後見人の代理人として,被後見人の遺言を作成することもできません。後見人の代理権は身分に関する分野には及ばないことになっています。

4、 それから,被後見人に仕事をさせるというような契約は,被後見人の了解がないと駄目です。たとえば,後見人が被後見人に代わって,ある仕事をするという契約をし,そして被後見人が実際に労務を提供するような場合,被後見人が了解しないのであれば,それは奴隷労働になってしまいます。そういうことは許されません。(明治時代,大正時代,昭和初期には,女工哀史があったでしょ。ああいうように,両親が娘に代わって娘が一円で一年間労働しますなんていう契約―娘を製糸工場に売ること―はできません。)

【後見人の権利―取消権】

1、 被後見人の意思表示は有効な意思表示ではないと法律は理解しています。そして,後見人が被後見人から事情を聞いて,その意思表示を維持しておくことはできないと考えた場合,後見人は被後見人の意思を取り消す―なかったことにすることです―ことができます。取り消すということはなかったことにするという意思表示です。普通は配達証明付内容証明郵便で行います。

2、 騙されて100万円の布団のクレジット契約に署名押印をしてしまった場合,被後見人がパソコンのキーを操作して100万円の商品購入を申し込んだり,テレビショッピングで100万円の商品を購入するとファックス送信したような場合,後見人は取り消すことができます(民法9条)。

【後見人は,精神保健福祉法上の保護者としての権限がある】

1、 後見人は,精神保健福祉法の第1順位の保護者になります(精神保健法20条参照)。
2、 医療保護入院の同意権(精神保健法33条)を後見人が有します。


【代理権について,もう少し考える】

1、  代理権という考え方を素人が理解することは容易ではありません。施設がどのような根拠で利用者の年金を管理出来るのかを考えながら,代理権の意味を考えます。(利用者名義の通帳は施設にあり、施設は預り台帳を備えて,年金からの支出を管理するのが普通です)。

2、  利用者に契約をするだけの能力があれば,施設と利用者の間に通帳保管契約が成立します。その契約の内容として,施設に一定の代理権が付与されていると考えられます。

3、 他方,最重度や重度,中度の知的障害者は契約を1人では出来ません。しかし,後見人や保佐人が選任されていない以上,親や親族という「保護者」(知的障害者福祉法でいう保護者のこと)は代理権がないので,最重度,重度,中度の知的障害者の人の財産を勝手に処分はできない筈です。
    ただ,知的障害があっても,その人が理解できることはあるから,そのような場合,その人の了解を根拠に,自己決定権を保護すべしという考えもあります。この見解に立てば,本人が同意をしているので,親が本人の意思を代弁する形で,施設と契約するということになります。でも,法律論としては無理がある考えです。代理権の根拠が説明できません。

4、 そこで,法律は事務管理という概念を使って,施設が知的障害者の通帳を保管している事実を法的に保護しようと考えます。事務管理というのは民法に規定(697条〜702条)があります。他人のものを何らかの理由で保管した場合,その他人に渡すまで,自分のものと同じように保管しようという規定です。これは契約関係にない人の間に成立する概念(概念とは考え方という意味)です。施設利用者が誰かは,施設には判っているのですから,本来は契約をして保管すればいい訳です。だから,事務管理という考え方も,本来の考え方ではないのです。そもそも事務管理だと代理権は生じません。

5、  親が利用者に代わって、合法的に利用者のお金の出しいれをするには、代理権を付与してもらう必要があるのです。

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