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たいへん障害の重い人の地域の暮らしの現状と今後の展望 「青葉園」「のまネット西宮」 清水 明彦 〈 たいへん障害の重い人が築いてきた地域での暮らし、西宮市.青葉園.あおば生活ホームの状況 〉 ●たいへん障害の重い人たちが拓いてきた地域の暮らし、地域生活拠点「青葉園」 兵庫県西宮市(人口約47.5万人)にある「青葉園」は、このまちで暮らし続けていこうとする重度障害者の地域生活運動展開の経過を経て、昭和56年(1981年)に西宮市社会福祉協議会の運営により西宮市独自の法外施設として発足している。市内全域より通所する人たち(現在55名の人が通所)の大半は日常のほとんど全てに介助を必要とし、言葉でのコミュニケーションが難しい重症心身障害の人たちである。その障害の重さのために既存の法内施設や作業所では受けとめ得ない人たちが、地域で暮らし続けるために結集し、通所活動拠点としてスタートして独自の経過をたどってきた。 発足当初より、「授産」や「更生」といった役割を持ち合わせておらず、日々集まって何をするのか?という「活動」の模索から事業が展開されてきた。1人ひとりの存在につき動かされ、お互いにわかりあおうとする極めて自然な展開となり、わかり合うため身体を通して関わり合い(個人プログラム「いきいき」)、さまざまな場を共有・共感し(集団プログラム「のびのび」)、一緒に街に出向いていく(外出プログラム「どんどん」)。そんな中で立ち上がってきた主体が「青葉園」の「活動」を創り出してきた。既存の価値を押しつけるのではなく、むしろ、それをはねのける力に動かされながら、1人ひとりのプログラムが生まれてきたのだ。 そして、こういった園での「活動」を、地域社会の中で位置づけていこうと地域住民活動に参入するプログラムが持たれるようになった。日々暮らす街中で継続的に地域住民と交流を深めていく地元の公民館での「つどい」等(「青葉のつどい」は、現在市内5ヶ所で実施、本人地域活動サークル北部「たけのこくらぶ」)の展開や、住民とリサイクル等の地域サークル(リサイクルサークル「ぺったんこや」)を結成して一緒に取り組みを進める等、さまざまな形での地域の一員としての「活動」展開が模索されてきている。1人ひとりが地域の人たちやさまざまな地域の機関との関係の中で「活動」を進めることにより、多様な連携事業となって発展している。 プログラムの個別化と連携化の中では一人ひとりに依拠していくしかない。「活動」がその人の生き方、暮らしの基盤となっているのか、確かめ、さらに創り出していくためには、1人ひとりの「活動」の個人計画化がどうしても必要となってきたのだ。こういった中から「青葉園」では10数年前から「個人総合計画」と呼ばれる「本人の計画」に基づいて、その「活動」を進めることとなってきた。現在の「個人総合計画」は1人ひとりの様々な出来事をつづり(支援者による日常の記録としての「サマリーレポート」)、日々の「活動」の中からの本人の希望を文書化し(本人将来計画を含む「個人総合計画書」)、そして、その実現のための支援の詳細を項目化して確認する(具体的支援内容記述「支援プラン」)という形式で進めているところである。 詭弁的になるが、青葉園での1人ひとりの「活動」とは「本人の計画」の実行であることはもとより、その中から生み出されてくる1人ひとりを主人公にした物語の中で次の希望が見出されていく、ということから「本人の計画」づくりでもあると言える。本人の希望に基づく「本人の計画」とその実現の中で、本人の存在の価値を社会に生かしていく創造的「活動」の展開を目指していこうとするものである。 ●「青葉園」の自立プログラムに取り組む本人が創り出した地域自立生活支援構造 こういった「青葉園」での「活動」が進められる中で、1人ひとりの自立に向けての意欲も高まってきた。親の高齢化等により家庭での介護力もどんどん低下し、このまちでの暮らしを、地域自立生活を確立させて成り立たせていく必要が生じてきた。とりあえず、生活拠点である「青葉園」で園の支援スタッフと数日間宿泊する自立プログラム(「自立体験ステイ」)が20数年前から実施されている。継続する中で、どんなに障害が重くても「必要な支援を得て自分らしく生きる」という「自立」を実感し、共に一人ひとりの必要な支援のあり方を見出し、創りだしていく展開の大きな力となっている。 さらに、こういった展開から生み出されたグループホーム(「あおば生活ホーム」自治体独自制度、現在市内4ヶ所)でも、1人ひとりが生活主体者として暮らす場が、体験入居などを進めながらつくり出されてきた。(現在、ホームで暮らす人10人)また、自立体験室での体験プログラム等も取り組まれ、ホームヘルパー、ガイドヘルパーなど家族以外の介護人の支援を日常的に受け容れていくことも進んできた。介護人スタッフの募集や養成のプログラムが整備され、養成された介護人を中心に結成された介護支援組織(NPO「かめのすけ」)が支援費制度スタートを機に、居宅介護事業者となって、たいへん障害が重い人でも活用できる質の高い介護供給を続けられることを目指し、障害者自立支援法後も事業を進めている。 そして、他の居宅支援事業所、さらに、地域住民による地区ボランティアセンターとも連携を持ち、共に障害の重い人たちの地域生活支援システムと言えるものが見え始めてきた。このようなシステムの中で、24時間の介護人派遣を得ての地域自立生活(一人暮らし)も相次いでいる。(現在、市営住宅やアパートで暮らす人6人)。こうして本人の意向が汲み取られ、重症心身障害の人たちの地域自立生活がすすんでいき、本人中心の「支援の輪」が作られていったのである。 また一方で、この様な暮らしのあり方が1人ひとりの自己選択によるものとしてしっかりと社会的に認知されているか、また、「支援の輪」の中に日常的金銭管理や、事故やトラブルに遭遇した際等の不安が高まってきたこともあり、こういった不安を一掃し、本人の意思に基づく地域自立生活を社会的に位置づけ守り、その基盤をより強固なものとするため、弁護士、司法書士、社会福祉士によって作られた、権利擁護支援を進める組織(NPO「PASネット」)との連携が進められた。現在、成年後見制度の活用や、暮らしに根ざした権利擁護支援が実体化されてきつつある。 とりわけ本人が言葉で意思表示ができない人の地域自立生活においては、さまざまな支援の関与による1人ひとりの「支援の輪」が本人中心に稼動していくことが極めて大切であり、権利擁護的関与も含め、どうしても一人ひとりについての支援の計画化が必要となった。「青葉園」の「個人総合計画」づくりはもとより、支援費制度を控えて発足した相談支援センター(社協 障害者生活相談・支援センター「のまネット西宮」)でも頻回に関連事業者・機関の招集のもとで本人を囲み、個人支援会議を開き、「青葉園」からの「個人総合計画」をふまえて「のまネット西宮」としての「個人支援計画」を作成し、モニタリングを続けている。本人の希望に基づき、主体を支援していく「本人の計画」と「支援の輪」を相談支援センターが権利擁護支援センター等とも連携し、常に本人中心に展開されるよう関与し続けておくことが大切となっている。 ●西宮市における地域自立生活支援体制の構築とまちづくりの展開 西宮市には、障害者計画の学習検討会を契機に生まれた地域生活を支える市内事業所・団体・機関のネットワーク(西宮のしょうがい福祉をすすめるネットワーク「すすめるネット」)が存在している。社会福祉法人、NPO、当事者団体等、が市内で多様な地域生活支援の事業展開を進めているが、これらがお互いに意思疎通を図り、行政に提言を行う「すすめるネット」は、西宮市での地域自立生活支援を進めていく上において大きな力となっている。 平成15年(2003年)よりの支援費制度の構築に際しては、制度についての広報活動や説明会、セミナーが頻回に開催され、市内の相談支援事業者のネットワーク「障害者あんしん相談窓口連絡会」(「のまネット西宮」等市内8ヵ所の相談支援事業者)により情報提供や相談支援が進められた。1人ひとりがその人らしく、必要な支援を得て市民として暮らしていける仕組みづくりが、「すすめるネット」との協働のもとで展開されてきた。障害者自立支援法施行後の現在においても、その仕組みは活かされており、今後、さらに発展させていくため「すすめるネット」のネットワーク力を活かした、実効性のある西宮市地域自立支援協議会づくりに取り組んでいるところである。(現在、くらし・こども・しごとの各部会があんしん相談窓口連絡会を中心とする運営委員会のもとで発足、協議がすすめられている) 「障害者あんしん相談窓口」の1つである「のまネット西宮」でも前述したとおり本人と共に個人支援会議を持ち、本人の希望する生活の全体像を把握し、本人が必要とする支援の輪をつくり出していく「本人の計画」として「個人支援計画」を作成している。市のケースワーカーはそれを十分に尊重し、ガイドラインで示した標準ケアプランに基づき支給決定を行う(標準ケアプランに該当しない場合等は、ケースワーカー会議を持ち、個別的に決定する)という仕組みである。支給決定後も継続相談や変更申請、そして、定期的に「個人支援計画」の確認、変更が必要となっている。その際に明らかとなったサービス提供基盤の整備や仕組みづくりの課題などは「障害福祉サービス等調整会議」で整理され、ガイドラインの変更や地域自立支援協議会での協議展開、そして、障害福祉計画、ひいてはまちづくりの計画としての地域福祉計画等何らかの形で反映していくよう機能する方向を目指している。 まだまだ不十分な面があるが、地域で自分らしく生きていこうとする「本人の計画」が市民参画による「まちづくりの計画」を動かし、地域で暮らす本人の存在の価値がノーマライゼーションのまちづくりへとつながっていくことを目指していきたいと考えてきた。 〈 障害者自立支援法施行後を超えて、1人ひとりの存在の価値の回復に向けて 〉 ●本人中心の「本人の計画」による展開を確たるものに 障害者自立支援法が施行され「青葉園」は早々に生活介護事業所となった。支援費制度の直前に一旦身体障害者通所授産施設となっていたのだが、そもそも授産施設でも更生施設でも、そしてデイサービスでもなく、1人ひとりが自己実現し社会参加をすすめるための地域活動拠点として、活動概念が形づくられてきている。その意味では「生活介護」という給付の名称には違和感があったものの、1人ひとりの個別給付として位置づけられたことは、活動をすすめていく上で前進したことと受け止めることができた。 そして現在は新体系移行を契機に心新たにして主体に基づく「個人総合計画」づくりをすすめている。従来の「青葉園」における「個人総合計画」を、より一層日々の活動の中で内実化していくための検討をすすめている。本人の生きようとする方向性(希望)を見出し、そしてその実現に向けての支援につなぐ計画づくり、コミュニティへの変革的働きかけとしてのアクションプランを内包したものとし、その実効化を目指している。 障害者自立支援法でいう「個別支援計画」は本人中心の「個人総合計画」に、「サービス管理責任者」は「本人中心の支援を共にすすめていく責任者」に読み替え、「相談支援事業」の本人中心による創造構築的展開も含め、「本人中心主義」「本人計画主義」の実践の実体化を図っていきたい。 ●1人ひとりの存在の社会的価値化にむけての活動実態づくり 「施設」からの完全脱却を目指し、地域社会関係の中での市民活動の展開をすすめていこうとしている。1人ひとりが個別の給付を得て、地域の中で(地域を巻き込んで)価値的存在として、その社会的役割を果たしていくプログラムの展開を目指していきたい。 1人ひとりがかけがえのない存在として、共に新たな地域事業を創り出す担い手として、位置づけて活動をすすめていかなければならない。地域を巻き込んで展開する1人ひとりの存在の社会的価値化のプログラムの確立を目指す。 地域の方々と共にすすめる地域活動「青葉のつどい」、市民と共につくる環境等のサークル活動、ピアサポート活動、商店型活動、社会教育的活動、住民と共につくる交流活動拠点づくり、などなど。いよいよ施設の枠にとらわれることのない地域社会をそのフィールドとした、活動拠点の実体化に向かいたい。 ●1人ひとりが生活の主人公としてその人らしく暮らす地域自立生活支援構造の構築 1人ひとりのその人らしい暮らしを実現するわがまちの地域自立生活支援構造づくりをすすめていかなければならない。「青葉園」の一人ひとりの家庭での生活基盤は、急速に崩れつつある。このまち(西宮市)で、自宅でもアパートでもグループホームでも、1人ひとりが生活主体者としてそれぞれの「支援の輪」のもとで、暮らしていく地域自立生活の確立を急がなければならない状況である。 どんなに障害が厳しくなっても、どこまでも市民としての地域自立生活を継続していくために、地域医療とも連携し、現在たいへん厳しい状態の方の生きる力を支えることも必要となってきている。 まずもって、障害者自立支援法における個別給付としてのケアホームの抜本的改革を目指し、住宅確保や生活ホーム(自治体独自事業)、あるいは新型福祉ホーム(地域生活支援事業)の発展的展開の可能性も模索しながら、居住支援と居宅介護支援(パーソナルな支援)の併用による1人ひとりの暮らしの場の確立を目指していきたい。 多様な事業者との本人中心のネットワークにより、1人ひとりの「支援の輪」を生み出しながら、相談支援体制、地域自立支援協議会などを大きな力として、わがまち(市全体)での「地域自立生活支援構造づくり」を! ●1人ひとりの存在の価値に基づく価値観変革にむけて 誰もが安心して地域で自分らしく暮らせるために、様々な立場や役割の人と話し合い、新たな仕組みや支援資源基盤を生み出していく「西宮市地域自立支援協議会」の有効な展開が期待される。西宮市の支援費制度構築の展開をさらに発展させ、西宮市の障害者計画・障害福祉計画とも連動し、地域全体で協働していく実効的な構築の場、まちづくりの源泉としての「西宮市地域自立支援協議会」としたい。 1人ひとりの存在の価値に根ざした市民の価値観変革を伴う協議にもとづくノーマライゼーションのまちづくりをすすめていければと考えている。気持ちばかりがあせって、なかなか状況をすすめることができていない現状だが、あきらめないで取り組んでいきたい。 私は30数年前、西宮市で同世代の「未就学在宅の重症心身障害者」といわれる方々と出会う。そして、西宮で生きていこうとされている1人ひとりの存在の力と、その家族やまわりの人たちの価値的物語に吸い寄せられ、ただただうろたえながらそのそばに居続けることになる。そしてやがて「青葉園」が発足し、そのスタッフとなり、この人たちとの関係の中で共に活動をすすめ、暮らしを創り上げていくことに立ち会っていることができた。そして30数年経った今も基本的には青葉園の職員であり続けていられることは、本当に幸せなことだと思っている。 私の中で青葉園の1人ひとりは、要援護の対象などでは到底あり得ず、むしろ人間の可能性に向けての希望を、この関係世界の中でつむぎ出していく、とてつもなく価値的な失うわけにはいかない存在としてそこに「居る」のである。 今ここに居てくれるその1人ひとりを、その価値的存在を、私たちの社会が認識し位置づけ、含みこんでいく努力をすることにより、私たちはその存在の力を得て、共々のより豊かな地域社会を創造していくことが可能となると確信する。障害者福祉の展開とは、この人たちに対して、保護したり更生したりすることではもはやない。また単なる介護サービスを提供する、またケアすることでもないだろう。それはこの人たちを主人公に新しい暮らしを創りあげていく、創造的で生産的な営みを共にすすめていくことだとしか表現のし様がない。 地域の中にこの人たちが「居る」ことにより関わりが生まれ、様々な市民の営みに参画していく、あるいはまわりを巻き込み新しい営みを生み出していく、そんなこの人たちのはたらきが、地域社会の中に新たな価値観をもたらし、連帯と活力を生む。そして、1人ひとりの存在の価値にもとづく新たな共同体を生み出していく。 私たちはこれまでのとてつもなく長い間、今ここに「居る」主体を見ぬふりをして、障害者福祉と称し、保護を口実にして入所施設で、あるいは訓練や更生を言い訳にして通所施設で、挙句の果てには要援護等という巧みな言葉を使うことによって、結局は今ここに「居る」主体を「違う」もの「別の」もの、そして「居ない」ものとしてしまっていた。今こそ私たちはこれまでを悔い改め、障害者福祉の構造の解体・再構築をすすめ、今ここに「居る」人としてその主体を地域に取り戻していかなければならない。そして今この地域こそが、生きづらさが放つ光に導かれその存在の力を得て、再生へと向かわなければらない。 障害者自立支援法後の状況を超えて、1人ひとりの希望に基づいた「本人中心計画」と「支援の輪」を創造し、「相談支援」、「地域自立支援協議会」を基軸にした地域でのネットワークにおける、1人ひとりの存在の価値の回復による新たな地域生活展開が実体化されていかなければと考えている。 |
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