5-4  権利擁護について

〜 もしもスイミングスクールに断られたら? 〜

                     毎日新聞記者・全日本手をつなぐ育成会権利擁護委員会 野沢和弘

 プールが好きな知的障害者は大勢います。しかし、スイミングスクールはどこでも知的障害者を受け入れてくれるでしょうか。映画監督の本橋誠一さんは、ダウン症の長女の楽ちゃんが自宅近くのスイミングスクールに入会を断られた経験があります。本橋さんはその顛末を手紙にこう書いています。
〈学校のことなどをいくつか質問された後、「障害のある人は『お互いに嫌な思いをしないようにするため』断るように上の者が決めました」と言われたのです。私の娘はダウン症ですが、小・中学校ともに地元の学校の普通クラスに通い、先生や同級生のみんなに助けられながら暮らしてきました。おとなしい子ですし、誰かとけんかをしたこともありません。私は納得できなかったので、後日、担当者に電話をかけ、理由をもう一度聞いたところ、「中学生以上の障害のある人はお断りすることにしている。ダウン症はふだんおとなしくしていても突然暴れることがある」という答えでした。私は驚きました。こんな間違った認識がまかり通ったまま、娘は締め出されてしまったのです。たとえ暴れる可能性があるとしても、それだからこそ、プールが必要なのです…〉
 本橋さんによると、スイミングスクール側は「うちは公的施設ではないので、障害児を受け入れる義務はない」とも言ったというのです。これはかなりの数の民間スクールの本音かもしれません。福祉から公的責任が後退し、当事者同士の「契約」が主流になると、福祉サービスを「自分で選ぶ自由」どころか、「相手から選ばれない理不尽」が横行するのが危惧されます。

 そこで、全日本手をつなぐ育成会の機関誌「手をつなぐ」(2000年8月号)でスイミングクラブに関するアンケートを行いました。計199人から回答が寄せられました。水泳が大好きな人がこんなに大勢いること、みんな苦労してスイミングクラブに参加したり、周囲の人々から支えられていることが改めて浮かび上がりました。以下はその内容です。

■スイミングスクールは障害者を受け入れるのを嫌がりませんでしたか?
・嫌がった    6・5%
・嫌がらない  81・6%
・その他    11・9%


 アンケートに答えてくれた人の8割以上が「スイミングスクールに障害者を受け入れるのを嫌がられなかった」と回答しています。「親切でやさしい」「とてもよく指導してくれる」など好意的な態度で接してくれるスイミングスクールが多いことが分かりました。困っている人、胸を張ってスイミングクラブの門を叩いてください。もしも障害者だからと嫌な顔をされたら、「全国にはこんなに障害者を受け入れているクラブがある」と、このアンケート結果を見せてやって下さい。オリンピックで人種差別が根強く黒人選手がなかなか受け入れられなかった競技の一つは水泳でした。これだけ障害者に優しいスイミングスクールが全国にあるのは驚きで、大変に勇気づけられる思いです。
 しかし、もう少し詳細にアンケートを検討してみると、「嫌がらなかった」と答えた中に、「受け入れ可能な所を調べてから申し込んだので」とか「実は、家から車で1時間かけて通っている。近くのスイミングクラブは2年前に申し込んだが変な顔をされたのでやめた」という答もあります。いろいろ探し回った末にようやく障害者を受け入れてくれる所を見つけていることがうかがわれます。「5〜6カ所電話をしてすべて断られた。1カ所だけOKが出た」と答えた人もいるのです。「多動ですかと聞かれた」「医師の診断書を提出することを求められた」という人や、受け入れられた際に「事故が起きても不問にすると条件を付けられた」「誓約書を書いた」という人もいます。
 一方、「嫌がられた」という人の理由を見ると、「やはり事故が起きたら困るといわれた」「入会前にテストのようなことをさせられて断られた」「多動な様子を見て『先生が1人付ききりにならないといけないが、そんな余裕はない』といわれた」「指示が聞けない、危険との理由で断られた」などでした。

■一般コースですか、障害者コースですか
・一般コース  60・6%
・障害者コース 37・0%
・不明      2・4%


 6割の人が一般コースで水泳をしています。ほとんどが温かく受け入れられていますが、中には「職員はいいが、子供たち(健常児)にかばんや靴を隠すいたずらをされたり、アホと言われたりした」「この子は何を言ってもどうせ分からないという感じで“野放し”状態です。見学のお母さんにも『あの子は邪魔をしている』と聞こえよがしに言われたことがある」という体験も。
 しかし、良い関係ができているケースの方が圧倒的に多いのを強調しておきたいと思います。「初めは珍しい目でジロジロ見られたが、中には手伝ってくれる人もいた」「からかわれることもあったが、かばってくれる子もいた」というものから、「中学の時に学校でひどいいじめに遭い心を閉ざしていた時にも、スイミングクラブでは励まし元気づけてくれた」「スイミング中にパニックになり、コーチ会議で指導方法が話し合われ、職員たちからは『この子がいることで勉強になる』と言われ、周囲の子供や親たちからもよくしてもらった」という答も中にはありました。


■公営ですか民営ですか
・公営     12・7%
・民営     86・5%
・不明      0・8%


 楽ちゃんを断ったスイミングクラブは「うちは公的施設ではないので障害児を受け入れる義務はない」と言ったといいます。このアンケートで最も関心があった一つは、どれだけの民間施設が障害児を受け入れているか、ということでした。アンケートに答えてくれた人の9割近くが民間でした。公営はわずか16施設(12・7%)。公営施設のうち障害者の受け入れを拒絶しているのは4施設もあります。障害者に対する“拒否率”で表してみると、公的施設は民間施設よりも4倍も高いのです。公的なスイミング施設の方が障害者を受け入れないのはなぜなのでしょうか。
 福祉というものは利潤追求を本分とする市場原理の理念にはなじまず、公的責任という支えがあってこそ成り立つものだと信じてきた人は少なくないはずです。しかし、アンケート結果を見る限りでは、民間のスイミングクラブの方がはるかに柔軟に障害者を受け入れ、職員や健常者たちと良い関係を築いていることが分かります。そして、現在の公的施設が担っているはずの公的責任の実情というものが浮かび上がります。
 

■本橋さんと、このスイミングクラブに一言

「いろんな人がいるから楽しいスイミングクラブになると思います。みんなで楽しんで下さい」「世の中にはきれいごとばかり言う人はたくさんいます。そういう人たちはいざとなると逃げてしまうものです。そういう人は“ささくれ”とでも思って私は生きてきました」

「健常者でもいろんな子供がいるわけで、おとなしい子ばかりではありません」
「スイミングクラブの方へ。障害者を嫌がる声を気にしておられますか? そのことによる会員が減っては経営が大変かもしれませんが、経営以前の問題(存在価値)があるように思います。利用者の戸惑いがあるのも一時的なものだと思います」

「設備も何もいらない。プールがあれば良い。後は職員の前向きの姿勢とハートがあれば良い」「障害を持っている人も人一倍水が好きという人たちがとても多いです。また、本当に楽しんでいます。他の人に迷惑をかけるのでは…ということは回りの人の少しの理解と慣れでまったくの危惧でしかありませんでした。とにかく一度受け入れてみてください」 「子供の可能性はどこにあるのか分かりません。小さいうちに何でもやらせてみて好きなことを見つけてあげたいのが親だと思います。スイミングクラブの担当の方も短期間でも直接楽ちゃんに会って指導してみて下さい」
                        ×   ×
 障害者のスポーツや余暇活動がきちんと議論されるようになったのは、まだ最近のことです。障害者のライフステージをどう築いていくかを考えるときに、どうしても身辺の自立に関することとか、学校、就職、住居などが重視され、恋愛とか趣味などはいつも“おまけ”みたいな見られ方をしてきたと思います。なんとか自立生活をさせたい、という親の気持は痛いほどわかります。だから、福祉や教育などもそうした親の気持に沿うように「支援」を組み立ててきたのでしょう。
 しかし、障害者本人にとっては学校での勉強や仕事に関することよりも、恋愛や趣味の方がはるかに生きがいに直結した重大事なのかもしれません。障害を持たない私たちだってそうじゃないですか? 正直に言えば、私は高校や大学時代には勉強なんかどうでもよくて、好きな女の子のことを思ったり、音楽を聞いたり仲間とバンドをやったりする時間こそが大切でした。その青春時代のまぶしくてほろ苦い日々の体験が、今の自分を形成している重要な核であることが間違いありません。そんな体験を障害者にもっともっとしてほしいのです。
 残念ながら現在の日本には障害者の権利を保障し差別を禁止するADA法のような法律がありません。楽ちゃんのように、スイミングスクールへの入会を断られた時、相手の差別観を打ち破るべき法的根拠がどこにあるのか、私にははっきり答えることができません。現在、日本弁護士連合会や一部の国会議員が日本版ADA法の制定に向けて動き出しています。法務省の人権擁護推進審議会は差別や迫害に対して、強制調査権のある公的独立機関の設立を提唱しています。私たちはこのような動きを注目し、障害者の権利を保障する制度を作る活動を推し進めなければいけないと思います。
 ただ、私たちの日常生活は法律や公的制度には馴染まない、複雑で繊細なモチベーションによって営まれています。スイミングスクールで嫌がられた時、相手と話し説得し理解し合う……という面倒くさい作業を通してこそ、地域生活でのリアルな“福祉力”が醸成されていくのだと私は思います。実は、こういうリアルな福祉力の方が法律や公的制度よりも、障害者の生活にとってはよほど役に立つことが多いのも事実です。
 水の中では、ふだん気づかない自分の身体に対する感覚を知らされます。毎週日曜日の朝、重度の知的障害のある長男とプールの中で過ごしている私はそう実感しています。

              
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